【ぼくたちのてがみ】
【おじいさんのてがみ。】
早春の候、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
雪解けの水が日ごとに輝きを増していく今日この頃、如何お過ごしでしょうか?開きはじめた梅の花の鮮やかな色は、私たち日本人の間では標準的な黒髪にも生えるのですが、眩しい金の髪にも美しく映る事を知りました。今、丁度私の家に古くからの友人がいらしてるんですが、その方の髪がそれはもう眩しい金色でして。その上に落ちた梅の花びらの色に、妙に見覚えがあるなと思ったんですが、何の事はありません。彼はよく赤くなるので、彼の髪の色と朱を帯びた色はよく結び付いてしまうんですね。
貴方もよくご存じの方なのですが、彼はここの所少し上の空の様です。ぼんやりと、澄んだ冬空を見上げては、大きなため息を吐いて何やら考え込んでいるのです。力になってさし上げたいのですが、私のようなおじいさんには不得手の方面のようで…。
逞しい眉が少し頼りなく見えるので、何だか心配です。
はぁ、とイギリスがもう34回目の溜息を吐いた。この家に訪れて、まだ1時間も経っていないというのに彼はその間、ずっと縁側でお茶を口にして、空を眺めて、溜息を吐く、その行動を繰り返してばかりだ。流石に心配になったが、それは身体の具合が悪いというのではなくて、どちらかと言えば精神的なものが原因の様である。しかも見た所、不調なのではなく、どちらかと言えば良い傾向のようにも見えたので日本は口を挟まず、ただ隣で同じようにぼんやりと空を眺めていた。
これは所謂、恋の病というものなのだろう。
先立って西の国から送られてきた友人からの手紙に、丁度彼との出来事について書かれていた。その内容を思い起こし、思わずじわりと胸が暖かくなる。
アメリカと、イギリスが恋仲なのは薄々と気付いていた。ただ、彼らが公言している風でもなかったので敢えて何も言わず、傍観していただけだ。むしろイギリスの方は、性格からしたら隠したがるような気もしたので、今もその話題を振れずにいる訳だが。
恋仲のようだ、とは言ってみても実際何が変わったという訳でもない。
二人は相変らず喧嘩はするし、顔を合わせば罵り合いの応酬だ。実際、甘い言葉をささやいたり、抱き締めあってる姿を見た訳ではないのでもしかしたら勘違いかもしれない、とも思ったのだが友人からの手紙を読む限りだと、それはない様で安心した。
イギリスが、アメリカに対する想いでずっと悩み続けていたのは知っている。ただ、日本が知る限りではそれは恋愛感情ではなく、純粋に独立していった弟への葛藤といった風だった。彼にしてみれば銃を向け、離れていった弟でも、弟であった事に変わりないのだろう。口では生意気だ考えなしだと罵ってみても、態度で素っ気なくあしらってみても、そう言った彼の根本的な愛情が失われる事は無かったのだ。随分と優しく、可哀相な人だと思う。
日本にも、そういう経験はあった。ただし、立場にしてみればアメリカの立ち位置だ。
(貴方もいっそ切り捨てて、罵れれば楽だったでしょうか)
ふと、隣の国の、何時まで経っても幼く見える仙人じみた青年の顔が浮かぶ。彼は自分を罵った時、果たして安らかな顔をしていただろうか。
(…そんな事は)
ないのかもしれない。それは、当人同士の問題だ。
また、イギリスが溜息を吐いた。無意識なのだろう。いつもは意志の強そうな碧の瞳も、今はどこか虚ろで淡く揺れているように見えた。
彼らの関係がそのように見えたのは、アメリカの些細な変化がきっかけだった。会議中に、何時ものようにフランスがイギリスにちょっかいを出している時、ふと、彼の顔を見てしまった。2人を、というよりは、フランスを睨みつける彼の空色の瞳が、いつもは陽気に笑っている人物と同じとは思えないほどに鋭く光っていた。常なら、仕方がないなぁ、なんて笑っていたのに。
イギリスと二人で何気ない談笑を交わしていると、必ずと言って良い程、近くにいれば割り込んでくる。空気を読まない彼の事だから、偶然だろうと思っていたがそうは思えない頻度になってきた。そう言えば、偶に紅茶を飲んでいる姿を見かける。自家製のスコーンを口にして、ふと顔を顰めると、彼にしては珍しく食べかけで放置する事もあった。
決定打は、本当に何気ない瞬間に、二人の視線がかちりとあった瞬間の空気だ。2人とも何を話す訳ではないが、じっと見つめあった後、弾かれたように視線を逸らす。イギリスはわざとらしく持っていた書類を見はじめたりするが、逆様では頭に入っていないだろうし、アメリカはこれもまたわざとらしく携帯電話を弄り出すが、画面が真っ黒の電源オフの状態では意味がないだろう。
微笑ましいと思う反面、イギリスの心境の変化が気になったのは事実だった。
彼はあくまでも、アメリカを弟として見る事しか出来ずに思い悩んでいたのだ。アメリカは一体、どうやってそんな彼を懐柔出来てしまったのだろう。
(まぁ、人の恋愛をとやかく言う筋合いはありませんが)
ふわり、と開きかけの梅の花が風に振り落とされて、枝から落ちて来る。
腕を伸ばして拾い上げてやろう。そう思ったのだが、それより早く花は風に浚われ、そのままイギリスの淡い金髪に引っかかってしまった。金色にちょこん、と埋まった桃色が何とも愛らしい事態になってしまい、思わず頬を緩めるとさすがにイギリスも違和感に気付いたのだろう。我に返って、何だ、と笑んだままの日本に困惑した風に問いかけてきた。
「いえ。とても、お似合いですよ」
「は?何が……」
「花。今のイギリスさんには、とてもよくお似合いで」
丁度この辺りに、と日本は自分の頭で示して見せると、イギリスは恐る恐る自分の髪を梳いて引っかかった梅の花を掌に落としてしまう。ああ、勿体ない。
「あ、あのなぁ。褒め言葉になってないぞ、それ」
小さく可愛らしい花を眺め、イギリスは憮然と呟いた。
「そうですか?でも、今のイギリスさんにはぴったりですよ」
むしろ、そっくりですよ。そう言って笑いかけると、イギリスの顔は益々困惑を示した。日本の曖昧だったり、控えめな表現と言うのは元より国外に通じにくいのは知っていたが、今のは敢えてそうしたのだ。想い人の事を考えて、上の空だなんて随分と可愛らしい所もあるものだと。
「それにしても、先程から溜息ばかりじゃないですか。何か気がかりな事でも?」
「えっ、あ、いや……っ」
そうやって、真っ赤になった姿が益々、梅の花に酷似している。そんな風に思って思わず笑みを深くすると、イギリスは頬を赤くしたままきょろきょろと視線を躍らせて、やがて意を決したように、隣の日本ではなく、真っ青に澄んだ冬の青空を見上げた。
ああ、そう言えばあの空色は、彼の瞳の色とそっくりだ。
「アメリカが」
ぼんやりと、そんな事を考えていたので、あまりにタイミングの良い彼の発言に思わず頬ばった煎餅を良く噛まずに飲み込んでしまった。
「え、あっ、はい、アメリカさんですか」
「おう。アメリカが、その」
作品名:【ぼくたちのてがみ】 作家名:みずたに