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【ぼくたちのてがみ】

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 気管に引っ掛かりながら通り過ぎてゆく塊に噎せそうになるのを必死に堪えながら、何でもないように湯飲みを掴む。啜ったお茶は思いの外まだ熱く、舌がじんと焼けた感覚に思わず悲鳴を上げたくなるが、これも必死に堪えた。ちらりと横目でイギリスの様子を伺えば、彼は耳まで真っ赤にして、それでも日本と同じように平静であれ、と務めているのだろう。真っ赤になって、険しい顔で空を睨みつけている姿は、何とも言えない違和感に充ち溢れていた。
 まさか、ついに腹を割って恋の相談を持ちかけられるのだろうか。悩みを打ち明けられるのは嬉しいが、それは困ると日本は内心狼狽した。何しろ、彼の手助けを出来るような経験がない。ましてや相手があのアメリカとなれば、一般論なんて蚊帳の外だ。
 (どうしましょう…!いや、しかし、ここは友人として受け止めなければ……!)
 「あー…、いや、やっぱいいや」
 焼けた舌の痛みに耐えながら腹を括った瞬間、イギリスは事もなげにあっさりとそんな事を呟くと今度は空から視線を地面に落とし、ゆっくりと湯飲みに口をつける。
 まさか、内心の動揺を悟られて気を遣わせてしまったのだろうか。
 「アメリカの話は置いといて、だな。相談っつうか」
 やはり少し熱かったのか、湯飲みに口をつけて、びくり、と肩を竦めたイギリスはそのまま湯飲みを置くと、膝の上においた拳をじっと睨みつけてぼそぼそと呟きはじめた。どうやら、気取られたわけではないらしい事に、ほっと溜息が零れる。
 「す、好きになってくれた相手に、だな、どうやって、その」
 おや、と日本は首を傾げた。
 「どうやって、お、同じだって、伝わるか」
 随分と文章としては欠落しているが、言いたい事は理解できる。「自分の事を好きになってくれた相手に、どうやったら、自分も好きだと伝わるか」という事だろう。彼の口からその言葉が出てくるという事は、彼らは未だ恋人未満と言う事なのだろうか?日本がつい腕を組んで唸ってしまったものだから、イギリスは顔を耳から首まで真っ赤にしたまま、しどろもどろと言い訳を始めてしまった。
 (おかしいですね。あの手紙では、確か…)
 すでに恋仲である、とアメリカが認めたと書いてあった筈だ。
 しかしながら、確かにイギリスは鈍い所があった。局地的に、他人からの好意というものにいまいち疎く、打ち解けられそうになってもうっかり自ら、意図せず遮断してしまうような事がある。フラグクラッシュ、というやつだ。彼のそうした面と、アメリカへの兄弟の範疇を抜けきらない愛情を考えれば擦れ違っているという結論も、有り得なくは無かった。しかしそれでは、あまりにもアメリカが不憫だが。
 「あ、あの、日本、その、変な事聞いて悪いとは思うんだが、なんて言うか、お前くらいしか相談する相手が浮かばなかったっつーか……その、悪ぃ」
 「あっ、いえ、とんでもない!光栄です」
 しかし、あのアメリカが認めるという事はイギリスも明確な答えを返したのだろう。いくら自信過剰とはいえ、あのアメリカである。むしろハッキリと答えを貰わないと、納得しないような男だ。
 「ええと…失礼ですが、相手の方とはどういったご関係で……?」
 まさか、他の相手だったなんてオチは最悪のパターンだ。
 意を決して尋ねると、イギリスは顔をあげぱちぱちと瞬いて日本の顔を見た。
 (え、何ですかこの反応は。想定外なんですが…!)
 どう説明したらいいのか、と悩んでいる風ではない。むしろ、何を聞いてくるんだ、とでも問いたそうだ。てっきりしどろもどろになりながら答えてくれると思っていた日本は、同じようにぱちぱちと瞬き返す事しか出来なかった。
 が、すぐにイギリスの顔が、ぼん、と音を立てて噴火しそうな程真っ赤になったのを見て奇妙な安堵を覚えてしまう。どうやら、地雷を踏んだ訳ではなさそうだ。
 「え、あ、う……い、一応、付き合って、る、筈だ」
 「筈って」
 「し、仕方無いだろ!だって、あいつ全然それらしい事してこねーし!」
 「成る程、アメリカさんも隅に置けませんね」
 「あ」
 どうやら、心配していた事もすべて杞憂だったようだ。
 確かに、些細な変化はあったものの彼らは極力普段通りだった。喧嘩して、罵りあって、恋人らしい所など微塵もない。そう言う変わらなさが幸せという考え方もあるが、確かにそれではいくら想いが通じ合ったと言っても、不安になるものだろう。この場合はイギリスが鈍かったのではなく、アメリカの態度に問題があるのかもしれない。
 今の彼の発言にアメリカを連想させる落ち度などどこにもなかったが、余程気が動転しているのかイギリスは今にも泣き出しそうに顔をくしゃっと歪めると身につけていたコートをがばっと頭から被って縁側で丸まってしまった。まるで猫のようだ。
 鳴き声が「しにたい」の猫は、まず居ないだろうが。
 「付き合っているという事は、お互いに想いを告げたんですよね?なのに疑問形というのは、いまいち腑に落ちないのですが…。一体、どういう風に告白されたんですか?ああ、いえ、その、詮索する趣味は無いので、ちゃんと黙秘権はありますが」
 丸まって震える背中に思わず苦笑を浮かべながらその背を落ち着かせるように、ぽんぽん、と優しく撫でてやるとややあって物騒な鳴き声と震えは止んでくれた。それでもやはり、コートにくるまって丸まったまま、イギリスのくぐもった声がぼそぼそと聞こえてくる。残念ながらあまりにも聞き取りにくいが為につい聞き返してしまったが、それはきっとただでさえぐらついている彼の自尊心を余計に刺激しただろうか、と申し訳なく思ってしまった。
 「好きだって、言われて」
 「ええ」
 「いきなりそんな事言われても、わかんねぇって」
 「そりゃあ、そうですよね」
 「でも、多分嫌じゃないって言ったら」
 された。何をされたのか、という肝心な部分は蚊の音よりも小さくて聞き取れなかったが、何となく聞き返してはいけない気がしたので、胸の内で納得しておく事にする。
 イギリスが言うには、それ以降は特に変化は無かったらしい。ただ、いつもより声をかけて来る回数が増えたり、スキンシップが増えたりはしたが、それだけだと。聞いていると何だか中学生くらいの恋愛話を聞いているようで、何とも言えない甘酸っぱい気分になってしまう。
 思うに、アメリカは気を使ったのだろう。『いきなりそんな事言われても』という言葉を、彼なりに解釈して、ゆっくり近づけばいいのか、だなんて思ったのかもしれない。強引に見えて、時々肝心な所で足を滑らせる彼である。イギリスはイギリスで、曖昧な返事を返したものだからいけなかったのだろうか、と考えに考え抜いて相談に来たのかと思うと、やはり何とも微笑ましい。
 要するに、彼らはこの必死さを覆い隠すために、必要以上に普段通りを貫いているのだろう。必死さと、あとは、きっと関係の変化に対する、ほんの少しの恐れと。
 (捻くれ者同士の恋愛というのは、大変そうですね)
 こっそりと、コートの端が持ち上がって碧色がちらりと覗いた。
 「伝える手段は、幾らでもありますよ。でも一番確実で、喜ばれるものは一つだけです」
作品名:【ぼくたちのてがみ】 作家名:みずたに