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とある指南役

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お久しぶりですね、と彼女は言った。
本当に久しぶりだ。最後に会ったのは何年前だろうか。……何十年?ここまで間が開くと前回の記憶もいい加減おぼろだ。
彼女の知り合い、……らしい人物とはファレナで会った。どうして貴方がここにいるのだと初対面でいきなり怒鳴られた。それに関してさらに一悶着あったものだ。あれは割と最近の話だ。しかしそれすら何年前だったか。
そこまで考えて頭を軽く振る。意識していないとすぐ時間感覚がおかしくなる。そうならないよう努めてはいるが、長期間一所に留まらない生活を続けているとその努力も実行する事自体なかなか難しいものだ。唯一日付や時の流れを把握できるのが群島滞在中(特にオベル)なのだが、生憎あの海も最近は通過するばかりで長く滞在していない。
彼女はどうなのだろうか。
顔を見返すが、その行為に果たして意味があるかどうかは判らない。彼女にとって時の流れなど無意味なのかも知れない……ただそこにある時代のうねり、星々の動きこそが重要なのだろうか。こうして直接会ってみると、人としての感情をまるっきり捨てたとも思えないが。
彼女は盲いている。しかしこちらの容貌をある程度把握しているようにも思える。視力は無くとも何らかの力で視覚を補っているのかもしれない。そのほかの感覚もまた。
……と、思う。たぶん。
しかしいまいち自信が持てない。その原因もまた、彼女の周辺に起因している。というか、この部屋自体が。

「レックナート」
「何ですか」
「……この部屋」
「そういえばファレナではお疲れ様でしたね」

話を逸らされた。そう感じたけれどどうにもならない。そのまま話はファレナで彼が介入『しなかった』事に関する諸々に逸れた。
というか逸らされた。どうにもこの部屋は埃っぽい。苦手な人間が足を踏み入れたら咳き込んでしまうのではなかろうか。
さりげなく話をそちらに振ると、そういえば、と珍しく眉根を寄せた彼女が思いも寄らなかった事を話し始めた。
……やっぱりこの人にも感情はあるのだなと思う。ならばそのような運命に関わるきまぐれなどするものか。ただ、必要とあらばそれを切り捨てる能力に優れているだけなのだろう。そこは年の功かも知れないが、一応相手は女性であるのでレザーラは賢明にも口を閉ざした。


「君が彼女の気まぐれか」

開口一番、それか。そう思いながらのろのろと目を開ける。さて、今日の試練はどのような内容なのだろう。
そして飛び起きた。知らない声。知らない顔。目の前に経っていたのは眉目秀麗だがどこか不思議な雰囲気を纏った若い男だった。
若い男。違うな、とすぐに判った。魂の奥底で何かが囁いている、目の前のこの男……『同類』だ。しかも長く生きている。
「なるほど頭も良いようだ。融合率が高いせいか無駄に知性の成長も早いようだね、……本来の心身がそれに追いついていない」
「アンタ誰?」
「レザーラだけど」
「いや名前じゃなくて」
「群島人だよ」
「いや出身でもなくて」
「レックナートの知り合いで、ちょっとお前の面倒をしばらく見てやってくれと言われた。あと色々教えてやってくれとも」
「アンタ人の話聞いてるのか」
「ルックとか言ったな、一つだけいいことを教えてやろう」
「……何?」
「都合の悪い事は無視して適当に相手の話をはぐらかすというのも生きていく上で結構大事な技能だ。この機会に身につけておくと良いな」
「じゃあさっきの返事はわざと……」
「まあ聞かれた事に答えたまでだな。確実に聞きたかったら遠回しはやめる事だ、お前の正体は何者で何の紋章を宿しているのか。そう訊ねられたら俺は」
「ちゃんと答えたって?」
「いや、こう答えたね。『それは内緒だ』」
あははと笑うとレザーラという実にけったいな男はルックの肩をばんと少し強めに叩き、その手を引いて部屋の外に出た。
どの部屋もこの部屋も埃っぽい。……のだが、ルックにはそれが認識できていない。何しろここに来る前はかび臭く埃どころか常に湿って汚れてすえた匂いが充満していた。その匂いすらも麻痺してしまい、足首に取り付けられた錆びた枷、ただ冷たく薄日の射す狭い檻の中だけが彼の世界だった。薄日の中細かい塵が舞い散っていた光景も覚えている。
その辺はこの塔も変わっていなかった。ただ、学ぶ自由と歩き回る自由、学んだ内容を確認するための試験のようなものが課せられた。そしてささやかな情操教育。しかしこれに関しては盲目の魔術師は失敗気味だった。どうやら自分には向いていないらしいと彼女が内心溜息をついていることなど幼い少年には知りようがない。
そして変わり者の真持ちがやってきたのだ。真持ちの事はすぐ分かる。相手が気配を殺していたら判らない気もするが、彼に関してはまるっきり隠していなかった。名前はレザーラ。その行動は本人曰く小間使い。その呼び名の意味する所は一応この塔に来てから知識として学んだ。
「まあ要するにこの塔は大変汚い訳だ。理解できるかな」
「……何となくそんな気はしたけど。でも死にはしないよ」
「汚れた環境にいると心身に影響が出る。お前もせっかくあの永劫の檻から抜け出したんだ、まともに成長したいだろう」
「成長……」
「お前の思いは何となく判るけどな、ルック。だがお前はまだ幼く成長の余地もある。知識もまだまだ足りないだろう、実力……その力を魂から引き出すコツとかね。その辺はレックナートが教える所の範疇だろうが」
「レックナート様が……確かに色々な事を教えて下さる」
「そうだね。でも一番肝心な事を君に教えていない……というか、教える気が無いようだ。だから俺が呼ばれた訳だ」
一番肝心な事、つまり生活全般に関わる諸々の事だった。あと食事。

なるほど。何となく納得しつつ、二人は塔の廊下に這いつくばっていた。手には雑巾、近くにはバケツが二つ。一つには薄く石鹸を溶かしたぬるま湯が、もう一方には綺麗な水が入っている。水のバケツの方はレザーラが定期的に中身を交換している。まあ要するにそういう状況だった。おかしな真持ちのレザーラが塔にやってきてからいくばくかの時が過ぎていた。
部屋が綺麗なのも悪くない。確かに。どこか頭がすっとする思いだ。綺麗な環境では勉学も進む。そしてささやかな疑問も頭に浮かぶ。
「レックナート様はどうして埃っぽいまま放置していたんだろう」
「そりゃ、目が見えないからだろうね」
「……そういうものなのか?」
「見えなければ気にもとまらない。別に視覚だけに限った事では無いね、目を逸らしたいと思った時人はその事柄を見なかった事にして自分の心の安寧をたもったりするものだ」
「それはそいつが弱いからだろ」
「誰しも強くはないんだよ、ルック。お前は自分が本当に強いと言い切れるかい?」
そんな事判らない。この先もっと学んでいけば判るのだろうか。目の前の男に嘘をついても無駄、という事はこの短い期間に散々思い知らされた。だから素直に答える。
「判らないいよ」
「そうだな、ルックはまだ小さいからな。可能性はいくらでも広がっている」
「……でも、僕は」
「自ら可能性を閉じる事は無いんだよ。俺だって当初は死ぬ事前提で事が進んでいた。そういう性質の紋章だったから」
「そうなの?」
作品名:とある指南役 作家名:滝井ルト