死神の亡骸
代々継いできた死刑執行人という役目。忌み嫌われ、社会の底辺にいるが、それでもなくならない一族。今まで何人その首を斬ったのか。何かから逃げるように、ただ機械的に刑を執行していたら、いつの間にか自分は一族の中で、最も多くの首を斬った人間になってしまっていた。いつからか、陰で“死神”と噂されるようになったが、しかし自分は死ぬ前の人間の顔や流れ出る血といったものが、とても恐ろしかった。その首を斬るときはいくらでも無心になれるのに、斬ったと同時に恐怖が込み上げてくる。一体、何故こんなにも死刑をしなければいけないのか。けれど、その問いを発することは許されない。
死刑そのものに疑問を感じていたある日、また死刑が決定したという通達を受けた。しかも、知り合いの看守に聞くと、罪人なのに澄んだ目をしているという。まさかそんなはずがないと思いながらも、興味を持ち、特別に牢に入らせてもらって、そして出逢ってしまったのだ、そいつに。確かに、澄んだ優しい、けれど強い意志を持った瞳にまず惹かれた。薄暗い牢獄のはずなのに、そいつの周りだけ橙色の光に満ちていた。その姿に見惚れて、固まって何も言わない俺に、そいつはこちらを見て言った。
「君は?」
「・・・・・・あんたの、死神だ」
「ああ。じゃあ、君が俺の最期を看取ってくれる人なんだね」
そいつは笑っていた。俺は今までに、こんなにも穏やかで優しく笑う死刑囚を見たことがなかった。動揺を悟られないように表情を引き締めて、俺は言った。
「死にてーのか?」
「そういうわけではないけれど、それを聞いてどうするんですか?」
「死にたがりが嫌いなだけだ」
言い捨てて、目を逸らした。全てを見通すような目に耐えられなくなったのだ。君は優しい人なんだねと言う姿に、ますます困惑する。
「・・・・・・てめー、一体何をしたんだ?罪を犯すような人間には見えねーけど」
「実際に罪を犯してなくったって、この国は死刑にするでしょう?」
咄嗟に辺りを見渡して、人がいないのを確かめた。なんてことを言うんだ、こいつは。
少しだけ声を潜めて、さらに聞いた。
「てめー、この国に反目しているのか?」
「君もそうじゃないの?」
無邪気に問いかけられて、一瞬息が止まったような気がした。琥珀色の目が透き通る。
「この国に満足している民がどれだけいるだろうね。ほとんどない収入から税を搾り取られ、歯向かって殺されても文句の一つ言えず、王と貴族たちは毎日俺たちが食べることはもちろん、見ることさえも叶わない豪勢な食事とともにパーティーをして。腐りきったこの国の行く末を、君はどう思う?」
「他国に侵略されて、隷属される」
即答で答えると、何が意外だったのか、そいつは少し驚いた。
「・・・・・・君は、でも曲がりなりにも貴族でしょう?本当にこの国を憎んでいるみたいで、驚いた」
はっ、と鼻で笑う。今まで俺たち一族がどれだけ虐げられてきたか。穢れた仕事を代わりに引き受けてやっているのに、いつでも俺らを見る奴らの目は汚らしい物を見る目だった。
俺の怒りを感じたのか、そいつはもう帰ったほうがいいと言った。丁度そのとき、看守が時間だと呼ぶ声がして、俺はなんとかその場で怒りを爆発させずに済んだ。