死神の亡骸
それからというもの、毎日俺はその囚人のもとへと通った。たった十分間、鉄格子を挟んで話すだけだったが、それだけで十分だった。あまりにも通いすぎて、知り合いの看守からもうやめといたほうがいいとまで言われる始末だった。
「お前、いつかあいつを処刑する身だろ?情が移って処刑できなきゃ、お前の命だって危ないんだぞ」
本気でそう言って心配してくれる人間がありがたがったが、それでもやめようとは思わなかった。
何度も通ううちに、囚人の名前が沢田綱吉ということがわかったが、いまだに彼が何をして死刑されることになったかは話してくれなかった。『てめー』が『沢田さん』、『君』が『獄寺くん』に変わる頃、とうとうその日はやってきた。
手錠を嵌められて看守と共にやってきた沢田さんは、俺の姿をとらえてやはり少し寂しそうに笑った。そして、ごめんねと言った。
「俺は確かに獄寺くんに看取られるつもりだった。確かに覚悟していたんだ。これは本当だよ」
「沢田さん?何言って」
「君のことを思うなら、君が疑われないように君の仕事をさせてあげるべきなんだけどね」
「だから、何言って」
「本当にごめん」
そう言った瞬間、ばたりと看守が倒れ、すごい音とともに壁が壊れて、砂煙がもうもうと上がる中、二人の男が現れた。
「全く。そんなの冗談じゃないよ」
「君は計画を台無しにするつもりですか」
「―――雲雀さん、骸」
現れたのは、鋭い目つきをした黒髪の男と瞳の色が違う男だった。そいつらは、沢田さんの鉄の手錠をいとも容易く外した。からんと、鉄の鎖が落ちる情けない音がした。
「君にはまだ生きててもらう」
「死にたかったら、その身体、僕がもらいます」
なんとも物騒な言葉を吐くもんだなと、混乱する頭のどこかで思った。沢田さんは、二人が現れた途端笑わなくなったが、俺の視線に気づくと泣きそうな顔で笑った。しかし、沢田さんが口を開く前に、雲雀と骸と呼ばれた二人が言った。
「綱吉は革命軍のリーダーだよ」
「逃げ遅れた子どもを助けようとして、自分が捕まるという情けないリーダーですけどね」
簡潔明瞭に、沢田さんが何者か、何故捕まったのかを答えたが、しかし俺の頭にすんなりと入らなかった。おかげで、向けられた殺気に気づくのも、一足遅かった。
「で、どうするの、綱吉」
「殺す必要もないですが、生かしておく必要もありませんしね」
「―――武器を下ろして、雲雀さん、骸」
透き通るような声でそう命令すると、素直に二人は武器を下ろした。
沢田さんは、座り込んでいる俺の前にしゃがむと、またもやごめんねと謝った。
「最後に獄寺くんのような人に逢えたから、ああ、別に俺が何もしなくったって、この国は変われると思ったんだ。だから、このまま終わってもいいかなと思ったんだ。だけど、どうやらまだまだやらなきゃいけないみたいだ。だから、俺はいくよ」
いつのまにか俺の目に浮かんでいた涙を、彼がそっと拭き取る。本能的に、彼はこのまま立ち去るつもりだとわかった。それは嫌だと思うと、待ってくださいという声が出た。掠れた小さな声で、なんとも情けないものだったが、彼は耳聡くそれを拾ってくれた。しかし、駄目だという風に微かに首を振って、拒絶の言葉を口にした。
「君にとってこのままの生活を続けるのは辛いことだとわかっている。でも、俺のために獄寺くんの人生を投げ出す必要はない。必ず、すぐに君が望むような国を作ってみせる。だから、」
俺と一緒にいくなんて言わないでほしい
言われてもないのに、そんな言葉が聞こえたような気がした。
沢田さんはすくりと立って、後ろで待っていた二人を見て行こうかと促した。ああ、今度こそ行ってしまうと思った。きっともう、二度と逢うことはないのだろうと感じた。そう思うと、身体は一人でに動いていた。
「―――待ってください」
震える足を奮い立たせて、しっかりと地に足を着いた。今度はしっかりした声に、振り返った沢田さんの顔は、やはり泣きそうだった。