お年頃
「どうしました?アーサーさん?」
ぼんやりと放課後の教室でそんな事をふりかえっていたら、うっかり生徒会の連絡事項を伝えに来たという菊の話を聞き逃していたようで、気遣うように顔を覗き込んできた。
やばい、妄想に浸りすぎたかとあわてて言い訳をしようとして。
菊が近づいてきたその距離に、最初は折り目正しくカークランドさんなんて呼んでいたのに、かなり打ち解けたよなと実感する。
そうするとアーサーの悪い癖で、大体いつものわがままが出てきて皆呆れたように距離を置き始めるのだが、菊だけはそうしなかった。
自信は無いもののついつい作ってしまう料理も、菊だけはビーフシチューやカレーを自分のレパートリーの中にも入れてくれた。その途中でオリジナルになってしまいましたと肉じゃがを差し出され、臨機応変に上手に料理を作るその腕前に嫉妬したのは余談だ。
日暮れの日差しが教室の窓から差し込んで美しく菊の輪郭を浮き立たせている。
なんだか素直に綺麗だななんて思っていたら、妙に顔は近いし、さっきまで妄想してたのも手伝って、気がつけば自然にその唇に唇を重ねていた。
一瞬相手の体が硬直したのを感じたが、菊は抵抗しようとはせずそれを受け入れる。
それをいいことに唇をわって舌を口内に差し入れてより深く口を重ねようとしても菊は抵抗しない。
弱々しくちぢこまった菊の舌に舌をからませ、何度も口を合わせ直してより深く重ねられるところを探し、水音をさせながら口内の隅々を嬲り、ようやく唇を離すとその名残でつっと透明な糸がひかれた。
「………なんで抵抗しないんだよ!!」
良く分からないが頭に血が上って気がつけば菊に怒鳴り散らしていた。
「いや…その…そちらの方は、人によっては家族でも口でキスをするって聞いたことがあるので…
そういうこともあるのかなと思いまして…」
明らかにアーサーの剣幕に面食らっている菊はぱちくりと何度も瞬きを繰り返す。
「家族でディープキスなんてするかよ!!」
「……………やっぱり…そうなんですか?」
ええ、なんだかおかしいとは思ったんですと、対処に困った菊の眉尻がどんどん下がってくる。
同時にアーサーの真意を問いただすように返ってきた菊の視線に耐えられなくなりアーサーは裏返った声で適当に言い訳を作った。
「なんだ…その悪ふざけだよ。
お前ほいほいなんでも言うこと聞いちまいそうだし、どこで止めるかな…と…思って
そうしたら、お前も特に止めないし、収拾がつかなくなったっていうか、その」
我ながら苦しいいい訳だと思ったが何故か菊はそうでしたか、と頬を染めながら視線をそらしてごまかすように笑った。
なんだかそれを見てたら自分でもおかしくなって、訳も分からず笑いあい、突然ぷつりと笑いが止まり、お互い真っ赤になってだまりこんだ。
その間に沈みかけていた夕日はすっかり沈んでしまい、夜の気配が近くなっている。
「…………帰りましょうか?」
「…そうだな」
部屋の隅に置いてあった鞄をそれぞれ拾い、肩を並べて教室を出る。
ふと隣の菊をみるとまだ真っ赤な顔をしていて、さっきのキスの呼吸を阻まれて涙ぐむ顔を思い出す。
視線を感じたのか菊が振り返り、真っ黒な瞳と視線が合った。
「何か?」
「いや、なんでもない」
何を考えていたのか見透かされたようで思わず視線をそらした。
なんというか、妄想の中で後ろにアーサーのものを入れられて身悶える菊の姿が出てくるまで、時間の問題だろうなと思わずに入られなかった。