二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

アニアリ城滞在で非滞在エリオットEND→処刑人DEADEND

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

 エースは視界を遮る仮面を外し、それからもう一度アリスの身体をじっくりと検分して、心からの笑みを浮かべた。晴れやかだった。
「あのまま運んだらスプラッタだもんなー」
 斬った後、茂みに運び込もうとして腸が零れ落ちそうになった。それは少なからずエースを慌てさせた。余所者である彼女は自分たちとは造りが異なるので、おそらく時計にはならないだろう。
 まいったなあ、とこのときばかりはエースはアリスを殺したことを後悔し、嘆息した。今はハートの国にはいない、ネズミのピアスの顔が浮かぶ。彼の職業は掃除屋、死体を隠すことが仕事だ。エースの目的である時計の回収とは相容れないのでわかりたくもなかったが、今なら掃除屋の必要性がわかる。死体は汚いのだ。
 傷が塞がってくれて本当に助かった。後は始末をするだけだ。
 できるならネズミの手を借りたいくらいだとエースは呟き、三月ウサギの時計を回収袋に入れると、アリスの骸を無造作に担ぎ上げた。死体は冷えていて、零れ落ちた内臓の、湯気の立ちそうな熱さはまったくなかった。
 今の時間帯は夜だ。虫の声もか細く、静かだ。
 とても寂しかったので、エースはアリスに話しかけることにした。
「近くに確かあんまり人の寄り付かない沼があるんだよ。この間うっかり落ちちゃったんだけど、意外と深くて参ったぜ。這い上がるのに苦労したんだぜー。夜には蛍が飛び交うし、昼の時間帯には睡蓮が咲いて、凄く綺麗なんだけど、周りが湿地だから迂闊に入り込めなくてさ。でも、帽子屋さんのところに迷い込むと結構そこに行き着くから、たぶんこの先にあると思うんだよな。危険な場所だけど静かで綺麗だから、きっと君も気に入ると思うぜ」
 そういえば彼女は花が好きだったなと思い出す。一度きっかけがあれば、記憶の細部まで蘇ってきた。
「赤薔薇ばかりのハートの城で、間抜けな兵士が白薔薇植えちゃったときのこと、覚えてる? 君ってば凄いよなあ、あの女王陛下を説得するんだもんな。白薔薇も綺麗って言ってたけど、あの沼の睡蓮も負けずと綺麗な白だったよ。だから、きっと君も好きになるだろうなと思うんだ。ごめんな、今まで連れて来れなくて」
 舞踏会のときの光る花に、目を輝かせていたアリスを思い出す。
「そうそう、その花、夜になると閉じちゃうんだけど、ぼんやり池の中が光るんだ。水中から見ればもっと綺麗なんだと思うよ。感想教えてほしいけどさすがにそれは無理だよなあ、あはは」
 死者に謝罪するなんて無意味だとエースは知っている。けれど、そもそも自分の存在自体が無意味であることも知っている。無意味に言葉を重ねることで、エースは寂しさを紛らわした。
「申し訳ないけど、俺は君を殺して後悔はしていないんだよ。自分でもちょっと驚いたんだけど、やっぱり君はエリオットと同類だから。俺は、君を殺さなきゃならなかった。君は友人でもあったから、迷っていたんだけどね、いつかは目的地には辿り着くものだから、ごめんな。許してくれとは思ってないよ、そもそも君は死んじゃったから、許すことなんてできないだろうしね。それにしても死体が消えないって気持ち悪くてめんどくさいな。本当に君は余所者なんだね、アリス。……覚えている? いつか、君に言った言葉。赤の城に白薔薇は似合わない。異質なものは排除したい。……あれは、」
 言葉を切ったのは、足元が滑ったからだ。どうやら今回の旅はエースにしては珍しいほど短く済んだようだ。
「やっぱり迷わないと早いなー」
 もう少し迷っていてもよかったんだけどな、独りごち、エースは慎重に歩を進める。沼はもう目の前だ。
「それじゃあ、俺の旅は今回はこれでおしまいだ」
 アリスの身体を泥の上に横たえて、エースはふと気づいた。
「ああ、重石がないと浮かんできちゃうかな」
 水の中に捨てられた時計を回収したとき、重石を括り付けないと死体が浮かんできてしまうとか、そんな話を聞いた記憶がある。やれやれとエースはいったんアリスの死体から離れ、沼から出て石を四つ持ってきた。
 今回の夜は長いようで、助かると思いながら戻ると、アリスの死体がぼんやりと光っていた。
「蛍か」
 素直に綺麗だなあと思いながら、エースはアリスの四肢にサバイバル用のロープで重石を括り付けた。泥に半ばほどアリスの身体が沈み始め、慌てて持ち上げる。ここではまだ浅い。ほかに方法も思いつかず、そのままエースは沼に足を踏み入れた。
 心中する気はないし、そもそもアリスとエースは恋人ではない。ただ、時計が回収されなければいけないように、死体は残してはいけないものだと漠然と思った。なぜそう思ったのかはエースには分からないが、分からないまま、沼の中にアリスの身体を運んでいく。
 一歩ごとにブーツに泥がこびりつく。この程度で息を切らすほど柔ではないが、滑らぬように注意しながら、エースは一人喋り続けた。
「アリス、君が言ってた『命が時々凄く重くなる』って言葉、あれってこのことだったんだね。確かに君の『死は重い』よ。腕にずっしり……いやいや君が太っているなんて話じゃないぜ。石の重さもあるだろうし。でも、重さを感じることに変わりはないよ。余所者である、君の世界では、確かに死は重いんだね。あのときわからなくてごめんな」
 泥の粘度が薄くなり、腰まで水に浸かった状態で、エースはもういいかなとアリスに声をかけた。
「この辺でいいかな。……舞踏会、君と踊りたかったなあ。まあ、今、君を抱き上げられているわけだから、いいか。それじゃさよなら、アリス」
 腕に力を入れ、エースはアリスを、今よりも深い水の中に投げ出した。鈍く水音が立ち、眠っていた水鳥が飛び立つ。ごめんな、ともう一度呟いて、エースは戻り始める。荷物がなくなり軽くなったはずなのに、足に泥が絡み付き、身体はどんどん重さを増すようだった。
 岸は遠い。水の匂いに混じり、微かな薔薇の香りが風に乗って辺りに漂っている。