甘く溶ける毒
込まれていることだった。ただ他の要素と違うのは、怒りというマイナスの感情
を引き出すことで精神に負担をかけ、記憶の中に深く刻み込み、傷つけることで
平常の毒に飲み込まれないようにしていることだった。互いに憎しみで繋がって
いることをこうやって確かなものにしている。じゃあ、残された傷が痛んで、喪
った後も相手を忘れない可能性はゼロじゃないということか?その答えも放棄だ。
「はぁーい。分かりましたよーっと。でもちょっとばかし癪に触ったんで一つも
ぉーらいっ」
横から幹孝の膝の上の、あと一つ残っただいふくを素早く刺して器用に持ち上げ
ると、半分ほどかじった。些細ないさかいの間に溶けてしまったのか、楊子に刺
さったままのだいふくから溶けたアイスが噛んだ衝撃で垂れ、現人の手を濡らす。
何か拭くものはなかったかと思い、だいふくが刺さったままの楊子を容器の中
にほおりだして探していると、さっきまで楊子を持っていた、アイスがわずかに
垂れた手が突然ぐっと引かれる。引かれた方に視線をやると、幹孝が溶けて垂れ
たバニラアイスを舐めていた。皮膚越しにざらついた舌の感触が伝わってきて、
思わずびくりと身を震わせる。行為の最中でも幹孝が現人の身体に舌で触れると
いうことはなかったので驚いた。間近でちらと見た、肉の色をした舌が現人の身
体の奥底をわずかに揺さぶる。膝の上の容器を誰も座っていない空白のスペース
に置いた。予感通り、身体が更に引き寄せられて、唇を重ねた。手の上のアイス
を舐めたばかりの舌が口内に侵入してくる。空になった幹孝のだいふくの容器が
膝から落ちてカランと軽快な音を立てた。それでもまだ口づけはやまない。舌を
絡めたところからはかすかにバニラの甘さの名残が感じられた。
「・・・ッは、ぁ、まったく、いきなり来るからびっくりしたぁー・・・あ、言
っときますけどここでヤんのはイヤだから!背中痛いわー、こんないかにも床!
みたいなとこ」
「言われなくても分かっている、私もこんな所では気が進まない」「こんな所で
は、ねえ。なるほど?」
せせら笑いながら食べ損ねた、幹孝から奪った雪見だいふくを食べる。アイスは
もうほとんど溶けていて、口の中に入ってしまうと餅の皮の上から液状のアイス
をかけたようになってしまっていた。それでもまずくはないので食べる。
「お前もここ以外だったらいいようだな」
「ん?まーあねぇー。身体痛くなるようなとこじゃなきゃいいかなー。っはは、
あ、ほら旦那、あーん」
最後の一個を掬い上げて、幹孝の口元に差し出す。上目遣いに見てやればちょっ
とはその気になって食べるかと思ったが、そんなチープな騙し技は効かないらし
く、きつく一瞥されて楊子を奪い取られてしまった。
「気色の悪いことをするな、馬鹿馬鹿しい」
「えぇえー、ちぇっ、つまんないの。可愛くやってやったのに。ベッドの上でさ
え可愛くしてりゃあいいってことかぁ・・・しょーがない、ベッドの上でしか可
愛くできない俺はさっさと向こうで待っててやりますよー」
わざと大きめに言ってやった後、容器を置いたまま立ち上がって大江家の家政婦
がわざわざ用意してくれただろう布団が敷いてある当主の部屋に向かった。食べ
終わったら来るのは暗黙の了解だ。こうして今夜も、平常の中での問いかけに明
確な答えを探すことを放棄しながら抱かれる。気づいたところで幸せになれるも
のばかりではない。それに、引き返すには随分遠いところまで来てしまった気さ
え、していた。部屋に入ってから、空に何気なく目をやる。段々空に出る時間が
狭まっている太陽は朱い陽をとっぷりと落としていた。