My Favorites
けれど地上から見るそれは、今までに見たどれよりも美しいと感じて。ティエリアは思わず詰めていた息を感嘆と共に吐きながら、素直にアレルヤの言葉に同意した。
「ティエリア、こっちも見てみて!」
ティエリアの同意が嬉しかったのか、アレルヤは子供のようにはしゃいだ声で言うと、つやつやと濃い緑の葉が幾重にも重なり、隙間から降り注ぐ光を映した乾いた大地を指さす。
本来なら丸い、輪郭をぼんやりとさせた木漏れ日がある。けれど、そこには欠けた太陽同様に三日月型のそれがあった。それも太陽が本来の姿に戻るに従い、ゆっくりと姿を変えていく。
「僕、こういうの初めて見たよ」
「俺も初めて見る」
原理は判っている。カメラのピンポイントと同じ事で、答えは単純だからだ。けれど、樹木が息づき、木漏れ日を形成出来る地上でしか見られない自然現象は、ティエリアも初めて見るものだった。
地上でしか見られない、濃淡を変えながら揺れる木漏れ日――光。
反して、宇宙から蒼い地球の中で蝕に相当する区域を見ると、そこだけまるでブラックホールを彷彿させるように黒く見える。それは決して地上では見られない、宇宙ならではの光景。それは宇宙に身を置く者しか見ることが出来ない。宇宙でしか見られない、黒。
相対する現象は、不思議なものでは決して無いけれど、悪くない。興味など持っていなかったけれど、この完全な違いが美しいとさえ感じて、ティエリアは無意識にふわりと微笑を浮かべた。
そして、そんなティエリアを、地上を嫌う彼だからこそ地上の良いところを少しでも見て欲しいと思っていたアレルヤもまた、瞳を細めて微笑み見つめるのだった。
「あ、そうだ」
「アレルヤ?」
「え…っと、ヘルメット。勝手に持ち出してごめんね。日蝕グラス買う時間がなくて」
パイロット用のヘルメットなら大丈夫かなって思ったんだ。
太陽が完全な姿を取り戻し、明るさも気温も全てが元通りになると、アレルヤは蒸し暑くなったヘルメットを脱ぎながら申し訳なさそうに言い出した。
日蝕を直接見ようものなら、間違いなく瞳を痛める。だからこそ専用の日蝕グラスやら何やらを必要とする。
そして、パイロット用ヘルメットは、パイロットが宇宙で行動する事を前提に作られている。
ガンダムのモニターは、直接太陽を見ても瞳を痛めないよう設計されているので、コックピットにいる限り問題はないが、パイロットがコックピットから絶対出ないとは限らない。
宇宙空間は絶対零度だ。空気もない。そして大気圏に阻まれて地上まで届かないか、もしくは弱まる有害光線もそのまま浴びることになるし、太陽光とて比べならないほど強さを持つ。
太陽光だけではない。ヴァーチェのGNバズーカバーストモードによって迸るGN粒子の輝きは、間近で見れば太陽なみの光の奔流であり、人体に害こそないが、その強さと眩しさ故に安全を考慮したモニター越しでも、想定外に網膜を痛めかねない危険を常に孕んでいる。
それら全てからパイロットを極力守るのがパイロットスーツやノーマルスーツであり、ヘルメットなのだ。
そういう意味では日蝕グラス以上に高機能であるし、アレルヤの選択は限りなく正しいだろう。尤もごく普通の普段着でヘルメットを被った姿は、傍から見れば相当間抜けなのは間違いないけれど。
「…構わない」
「え?」
「構わないと言っている」
確かに己の所有物を断り無く持ち出したのは万死に値するが、それをしたのは他でもないアレルヤである。ティエリアの物はアレルヤの物などとは言わない――反対は十分にあり得る――が、一応は許容範囲ではある。
当然の事ながら他の者であれば、ティエリアは既に銃のトリガーに人差し指をかけていただろう。
日蝕観測に至っての判断としても、見てくれはともかく安全性からすれば評価出来る。まして間際まで二人共がミッションであったのだから、連絡を取る時間も無かったに違いない。
総合的に考えて、ここで怒りを見せるのは適切ではないと、ティエリアは判断した。それに興味が無かったとはいえ、美しく好ましいと思える現象を見て、今は機嫌が良いのだ。
だが、面と向かって許すのはやはり面映ゆいので、プイっと顔を逸らす。が、次の瞬間、ティエリアはアレルヤによって抱き締められていた。
「なっ! アレルヤっ!」
「有り難う。ティエリア、大好きだよ」
日蝕が終わった現在、気温は南国のそれに戻っている。南国の茹だるような暑さの中、こんな冷房もないところで、抱き締められては暑くて堪らない。
けれど、抱き締められる一瞬前に見たアレルヤは満面の笑みを湛えていて。気温が高い上に、子供のように高い体温を持つ彼の身体も腕も熱い筈なのに、そうとは全く感じなくて。
―――ああ、そうだ。俺は、気に入っているのだ。
アレルヤの笑顔を。控え目のそれも満面なそれも。
高い体温の身体も腕も気に入っている。だから熱くても厭う事がないのか。
日蝕にアレルヤ。
好ましいと思うものを、僅かの間に幾つも得たティエリアは、地上で不機嫌さが嘘のように消えているのに気付いて、己はこんなに単純に出来ていたのかと驚いてしまう。
けれど、それも悪くないと感じて。ひとしきりアレルヤという気に入りを堪能したら、先を越されてしまったけれど礼を言おうと、ティエリアはひっそり決めたのだった。
作品名:My Favorites 作家名:瑞貴