息吹き×星々
心地よい沈黙。
彼方から微かな波の音、南の島の穏やかな夜風。
ワコとスガタとタクトは、この瞬間が永久に続くかのように、ゆっくりとした歩調で歩む。
「 一面染める花は、空へと昇る光。 」
一人ごちた歌声。
もう少し浜辺に近ければ、気付かなかったかもしれない。
もしくは、あえて声をかけることはないだろう。そう思わせるほど、
沈黙を破りたいのではないのが分かる、その空気の居心地の良さから出た小さな歌声だった。
それでもワコは振り返らずにいられなかった。
「タクトくん、上手いね!覚えたの?」
ワコの二歩ばかり後ろを歩くタクトは、少しばつの悪そうな顔をする。
「恥ずかしいな。覚えたっていうか、耳に残っちゃって。自分でも無意識だった。」
少し困ったような顔で笑っている。
スガタにはその表情は見えない。
タクトの三歩ほど、斜め後ろを歩いていたからだ。
けれどその声色で、どんな時のタクトかが目に浮かぶ。
ワコが声をかけたのも、スガタにはよくわかった。
二人がタクトの歌声を聞いたのは初めてだったし、ワコにしてみればソレが自分の歌だったのが嬉しかったのだろう。
「えへへ。」
あどけなく照れ笑いした。
「なんかこうやって三人で歩いてるとさあ。」
ワコは三言かわす間に、肩が並ぶほど縮めたタクトとの間を、大きく表に振り向き直ってまた一歩前へ出た。
「ずーっと三人一緒に居たみたいだなぁ。」
距離をとったのは照れ隠しだと、スガタは思った。
その言葉に一瞬タクトが立ち止まったので、同調してスガタも足を止めてしまう。
タクトの肩が上がって、小さく吐息を飲むのが分かった。
今タクトはどんな表情だろう。
愛しいものを見つめる時の、光を仰ぐような微笑みだろうか。
彼が時々見せる、どこか寂しげな微笑みだろうか。
スガタは、タクトがワコや自分を信頼してくれているのも、友人として大切に思っていることも分かっていた。
だがタクトにはあえて明かさないでいる過去があることも、それが彼に時として悲しそうな陰を纏わせるのも知っていた。
「僕も、二人の幼い頃のことは知らないけど、なんかずっと一緒にいたみたいに感じてる。」
ワコとタクト。
二人は互いのどんな事情も関係なく、ひたすらお互いの存在だけで関係を築いている。
ワコの言葉は、スガタも同じように感じていた。
大抵のワコの思考順序は分かる。付き合いが長いからだ。
だが同じようにタクトの思考も分かっている。
それだけツナシタクトが分かりやすい人間なのもあるが・・。
それだけスガタにとってタクトは身近にいる。
「うん、ずっと前から居たみたいだ。タクトって。」
やっと口を開いたスガタに、二人が同時に振り向き、声もなく二人微笑んだ。
気付けばワコの住む神社の鳥居まで来ていた。
その日はシンドウ宅で三人、はじめてディナーを一緒に過ごした。
タクトはそのままスガタの家に泊まることになっていたが、ワコは自宅へ帰ることになった。
「ワコも泊まってけばいいじゃん。」
なんて主でもないタクトが誘ったが、「同級生男子の居る家にお泊まりなんて噂になっちゃうよ。」とはぐらかした。
後でスガタから、「ワコはおばあさんを一人にしたくないんだ。」とこっそり諭された。
玄関まで付くと「お姫様みたいだなぁ。」とワコが微笑んだ。
「ナイト二人が送ってくれるなんて贅沢な散歩だったよ。ありがとう。」
かわいらしいお礼を言うワコ、二人は純粋にワコの笑顔を守りたいと思った。
「お夕飯もありがとう、おいしかったよ!」
今日何度目かのお礼だった。
「色んなお礼に、今度は私が手料理作るから!」
「それいい!」
「またやろう。」
そこで玄関の灯りが付いた。
おばあさんが声に気付いたのだろう。
ワコは一瞬振り返って、何故か声を潜めて別れを告げた。
「じゃ、おやすみ。」
戸が締まるのを見届けると、即座に「おばあちゃんただいまー!お土産もってきたよ〜。」という明るい声が聞こえた。
「帰ろうか。」
「あぁ。」
石段に差し掛かると、木々のシルエットに海と空が広がっていた。
美しい風景が、日常の中にある。
それがこの島の宝だ。
「っきっれーーーーだなあ!」
タクトは両手を伸ばして空を仰いだ。
スガタには日常すぎて、時々この美しさを忘れてしまう。
叫ぶタクトを見上げて、自らも眩い天の光を確認した。
満点の星空。そんな表現では飽き足らない。
この島では、毎夜銀河と出会える。
この空を知れば、空は見上げるものでも仰ぐものでもない、包まれるものなのだと知る。
見上げているのではない、その中にいるのだ。
自分なんて存在は、銀河の輝きに比べれば矮小。
「こんな小さな島から出られない、でもそれが何だって言うんだろう。この島を抜け出した所で、この銀河に比べてその距離は無いに等しい。」
数秒も待たずにスガタは、答えが欲しくてタクトの顔をうかがった。
目が合うと、タクトは安心させるように微笑んだ。
その微笑みでスガタは、自分がこぼしたその台詞が妙に自らを不安にさせたことに気がついた。
「僕は意味があると思うよ。」
音もなく、弾むように石段を蹴り、スガタの隣に飛び降りる。
タクトが着地した勢いでスガタのシャツが僅かに靡く。
本人の思惑とおりの場所に着地しただろう。
スガタはそれが失敗しないだろうと確信して、微動だにしなかった。
その距離は5センチほど。
タクトが上半身を持ち上げると、もう少しで肩が触れる距離に並んだ。
「あると思うよ。」
もう一度繰り返した。
二人は同時ともなく表を向いて、それぞれの足を踏み出した。
トトン、と二つの足音が重なって、石段を降りて行く。
「スガタの髪って、この空みたいだよなあ。」
言葉の意味が理解できず、困惑した顔でタクトを見た。
「どこが?」
目線を空へ向けながら、「う〜ん。」なんて考える様子を見ると、どうやら直感的な話らしい。
「さっき階段からスガタを見下ろしてて思ったんだ。その蒼ってすごく夜空に合うなあって。」
スガタは微かに胸がざわめくような気がしたが、その思いを振り切る為に素っ気ない声を出す。
「そうなの?僕にはわからないな。」
「うーーん!」
タクトは数歩駆け出してスガタの前へ出た。
細身のシルエットが全身収まるように指で四角を作りながら、そのフレームにスガタと星空を切り取った。
無邪気な浜辺の恋人か。とスガタは思い、
つい吹き出していた。
元々ロマンチストなのだろうが、タクトは時々妙に可愛い仕草をする。
「ちょっと!なんで笑ったの?」
心外そうなタクトにますます吹き出してしまう。
まったくの無意識だろう。
女性的だって言えば怒らせるのは明白。だってタクトは、男気溢れる性格だからだ。
「いや別に、・・・で?答えは出たの?」
タクトは茶化されたことに、少しムクれた態度を取りながら返事をした。
「・・・・その距離は無くなんかない。」
真剣な声にスガタは目を見張った。
タクトはいつも彼を驚かせる。今もまた、あまりに突飛な答えに驚いて、その続きに引き寄せられる。
スガタが自分に注目しているのに気付いたタクトは、まっすぐその瞳を見つめ返した。
大切なことだと思ったからだ。
彼方から微かな波の音、南の島の穏やかな夜風。
ワコとスガタとタクトは、この瞬間が永久に続くかのように、ゆっくりとした歩調で歩む。
「 一面染める花は、空へと昇る光。 」
一人ごちた歌声。
もう少し浜辺に近ければ、気付かなかったかもしれない。
もしくは、あえて声をかけることはないだろう。そう思わせるほど、
沈黙を破りたいのではないのが分かる、その空気の居心地の良さから出た小さな歌声だった。
それでもワコは振り返らずにいられなかった。
「タクトくん、上手いね!覚えたの?」
ワコの二歩ばかり後ろを歩くタクトは、少しばつの悪そうな顔をする。
「恥ずかしいな。覚えたっていうか、耳に残っちゃって。自分でも無意識だった。」
少し困ったような顔で笑っている。
スガタにはその表情は見えない。
タクトの三歩ほど、斜め後ろを歩いていたからだ。
けれどその声色で、どんな時のタクトかが目に浮かぶ。
ワコが声をかけたのも、スガタにはよくわかった。
二人がタクトの歌声を聞いたのは初めてだったし、ワコにしてみればソレが自分の歌だったのが嬉しかったのだろう。
「えへへ。」
あどけなく照れ笑いした。
「なんかこうやって三人で歩いてるとさあ。」
ワコは三言かわす間に、肩が並ぶほど縮めたタクトとの間を、大きく表に振り向き直ってまた一歩前へ出た。
「ずーっと三人一緒に居たみたいだなぁ。」
距離をとったのは照れ隠しだと、スガタは思った。
その言葉に一瞬タクトが立ち止まったので、同調してスガタも足を止めてしまう。
タクトの肩が上がって、小さく吐息を飲むのが分かった。
今タクトはどんな表情だろう。
愛しいものを見つめる時の、光を仰ぐような微笑みだろうか。
彼が時々見せる、どこか寂しげな微笑みだろうか。
スガタは、タクトがワコや自分を信頼してくれているのも、友人として大切に思っていることも分かっていた。
だがタクトにはあえて明かさないでいる過去があることも、それが彼に時として悲しそうな陰を纏わせるのも知っていた。
「僕も、二人の幼い頃のことは知らないけど、なんかずっと一緒にいたみたいに感じてる。」
ワコとタクト。
二人は互いのどんな事情も関係なく、ひたすらお互いの存在だけで関係を築いている。
ワコの言葉は、スガタも同じように感じていた。
大抵のワコの思考順序は分かる。付き合いが長いからだ。
だが同じようにタクトの思考も分かっている。
それだけツナシタクトが分かりやすい人間なのもあるが・・。
それだけスガタにとってタクトは身近にいる。
「うん、ずっと前から居たみたいだ。タクトって。」
やっと口を開いたスガタに、二人が同時に振り向き、声もなく二人微笑んだ。
気付けばワコの住む神社の鳥居まで来ていた。
その日はシンドウ宅で三人、はじめてディナーを一緒に過ごした。
タクトはそのままスガタの家に泊まることになっていたが、ワコは自宅へ帰ることになった。
「ワコも泊まってけばいいじゃん。」
なんて主でもないタクトが誘ったが、「同級生男子の居る家にお泊まりなんて噂になっちゃうよ。」とはぐらかした。
後でスガタから、「ワコはおばあさんを一人にしたくないんだ。」とこっそり諭された。
玄関まで付くと「お姫様みたいだなぁ。」とワコが微笑んだ。
「ナイト二人が送ってくれるなんて贅沢な散歩だったよ。ありがとう。」
かわいらしいお礼を言うワコ、二人は純粋にワコの笑顔を守りたいと思った。
「お夕飯もありがとう、おいしかったよ!」
今日何度目かのお礼だった。
「色んなお礼に、今度は私が手料理作るから!」
「それいい!」
「またやろう。」
そこで玄関の灯りが付いた。
おばあさんが声に気付いたのだろう。
ワコは一瞬振り返って、何故か声を潜めて別れを告げた。
「じゃ、おやすみ。」
戸が締まるのを見届けると、即座に「おばあちゃんただいまー!お土産もってきたよ〜。」という明るい声が聞こえた。
「帰ろうか。」
「あぁ。」
石段に差し掛かると、木々のシルエットに海と空が広がっていた。
美しい風景が、日常の中にある。
それがこの島の宝だ。
「っきっれーーーーだなあ!」
タクトは両手を伸ばして空を仰いだ。
スガタには日常すぎて、時々この美しさを忘れてしまう。
叫ぶタクトを見上げて、自らも眩い天の光を確認した。
満点の星空。そんな表現では飽き足らない。
この島では、毎夜銀河と出会える。
この空を知れば、空は見上げるものでも仰ぐものでもない、包まれるものなのだと知る。
見上げているのではない、その中にいるのだ。
自分なんて存在は、銀河の輝きに比べれば矮小。
「こんな小さな島から出られない、でもそれが何だって言うんだろう。この島を抜け出した所で、この銀河に比べてその距離は無いに等しい。」
数秒も待たずにスガタは、答えが欲しくてタクトの顔をうかがった。
目が合うと、タクトは安心させるように微笑んだ。
その微笑みでスガタは、自分がこぼしたその台詞が妙に自らを不安にさせたことに気がついた。
「僕は意味があると思うよ。」
音もなく、弾むように石段を蹴り、スガタの隣に飛び降りる。
タクトが着地した勢いでスガタのシャツが僅かに靡く。
本人の思惑とおりの場所に着地しただろう。
スガタはそれが失敗しないだろうと確信して、微動だにしなかった。
その距離は5センチほど。
タクトが上半身を持ち上げると、もう少しで肩が触れる距離に並んだ。
「あると思うよ。」
もう一度繰り返した。
二人は同時ともなく表を向いて、それぞれの足を踏み出した。
トトン、と二つの足音が重なって、石段を降りて行く。
「スガタの髪って、この空みたいだよなあ。」
言葉の意味が理解できず、困惑した顔でタクトを見た。
「どこが?」
目線を空へ向けながら、「う〜ん。」なんて考える様子を見ると、どうやら直感的な話らしい。
「さっき階段からスガタを見下ろしてて思ったんだ。その蒼ってすごく夜空に合うなあって。」
スガタは微かに胸がざわめくような気がしたが、その思いを振り切る為に素っ気ない声を出す。
「そうなの?僕にはわからないな。」
「うーーん!」
タクトは数歩駆け出してスガタの前へ出た。
細身のシルエットが全身収まるように指で四角を作りながら、そのフレームにスガタと星空を切り取った。
無邪気な浜辺の恋人か。とスガタは思い、
つい吹き出していた。
元々ロマンチストなのだろうが、タクトは時々妙に可愛い仕草をする。
「ちょっと!なんで笑ったの?」
心外そうなタクトにますます吹き出してしまう。
まったくの無意識だろう。
女性的だって言えば怒らせるのは明白。だってタクトは、男気溢れる性格だからだ。
「いや別に、・・・で?答えは出たの?」
タクトは茶化されたことに、少しムクれた態度を取りながら返事をした。
「・・・・その距離は無くなんかない。」
真剣な声にスガタは目を見張った。
タクトはいつも彼を驚かせる。今もまた、あまりに突飛な答えに驚いて、その続きに引き寄せられる。
スガタが自分に注目しているのに気付いたタクトは、まっすぐその瞳を見つめ返した。
大切なことだと思ったからだ。