輪廻の果て
十話
しんしんと降る雪。見渡す限りの白い景色。
帝人は空から舞落ちる結晶を眺めながら、打ち掛けをかき合わせ手に息を吹きかけながら獣道を歩いていた。
「積もったなぁ。毎年こんなに積もるのかな」
ざくざくと雪を踏みつけて、皆が待つ館へと急ぐ。息をする度に喉が寒さで引きつって少し痛い。
歩いていると持っていた籠の中が視界を過ぎって頬が緩んだ。
(良かった・・・まだこの薬草があって)
秋口に見つけたこの薬草は万病の妙薬となる。とくに妖怪には。
今、臨也達妖怪の中で風邪によく似た症状を出している者達がいた。大抵の怪我や病気にはかからないらしいのだが、やはりこの季節。
妖怪達も身体を壊す者達が続出している。しかも滅多に病気にならないためその免疫も弱い。
その病に臨也も冒されたのだ。熱が続き、息も荒い。汗だって留まることを知らずに溢れでている。
帝人はどうにかして、皆を臨也を助けたいと願い、臨也から聞いていたこの薬草をのを思いだし、帝人は籠を持って急いで外に飛び出したのだ。
この薬草は本来は初秋から冬の初め頃に生息するため、望むほどの量は取れなかったが、今苦しんでいる妖怪達を救えないほど無いわけではない。
(本当によか・・・っ)
急いで歩いていたのがいけなかったのか、薬草を手に入れて安心していたのがいけなかったのか、帝人は雪道で足を滑らし前のめりに倒れ込んでしまった。
「い"っだ・・・あっ」
倒れた衝撃で薬草が籠から零れてしまう。帝人は雪まみれになりつつも、なんとか薬草を籠へとしまった。
そうして漸く薬草を全て回収すると、帝人は立ち上がった。
「っ・・・!」
その時帝人の足に激痛が走る。あまりの痛さに帝人はしゃがみ込んでしまった。
足首の上に手を当て、そこをさすってみる。じんじんとした痛みが帝人の足を押そった。
「赤く・・・腫れてるか、な?」
帝人は奥歯を噛み締めながら、雪を取って捻っている足首に当てた。
外の空気は寒いのに、足首だけは嫌な熱を灯らせている。
「・・・大丈夫。歩ける・・・」
帝人は息を深く吐くと、また立ち上がり足を一歩踏み出した。
先程より痛みは和らいでいるようだが、やはり歩く度に痛みが帝人を襲う。
「待ってて・・・・みんな」
帝人は足を引きずるようにして、冬の獣道を歩いていった。
「あれ?・・・人だ」
暫く歩いていくと開いた場所に出る。ここは都の人々も通る山道の広場のような所。
帝人はそこで藁のみを着ている人間が佇んでいるを見つけた。
どうしようかと、一巡する。あの場所を過ぎなければ臨也達のいる館へと戻れない。
他に道があるのかもしれないが帝人はそれ以外道を知らないので、どうしようかと悩む。
しょうがい、とため息を吐いて帝人は獣道から姿を現した。
その途端、藁のみを着ていた人間が勢いよく帝人の方を振り向く。帝人も肩を振るわせた。
「ぁ・・・あ・・・・」
「はい?」
藁のみを着ていたのは男だった。男は断片的な声を発しながらフルフルと震えている。
帝人はその男が道に迷い寒さで震えているのかと思い、大丈夫ですかと声をかけた。
「・・まっ・・さまっ」
「え・・・?」
段々とその男の声が言葉となって帝人の耳に届いてくる。男は一歩一歩帝人へと近づいていった。
帝人は急にその人間が恐ろしくなり、一歩一歩と退いていく。
急いで駆け出せば良かったのかもしれない。けれど、帝人は何か得体の知れないドロリとした恐怖に足を絡められてかけ出すことが出来ないでいた。
男は益々帝人へと近づいてくる。その声もとうとう帝人にも聞こえる言葉となった。
しかし、その言葉がさらに帝人を恐怖に包み込ませる。
「帝人様っ」
「ひっ」
帝人は漸く身を翻したのだが恐怖により一歩逃げ遅れたため、その男に腕を掴まれてしまった。
男は女の腕を掴むにはあり得ないほどの力で帝人の腕を握りしめる。
「いたっはなしっ離してくださいっ」
「帝人様帝人様!なぜなぜっ」
男が更に腕に力を込める。ぎしぎしと骨の鳴る音が帝人の耳に届いた。
「我らを裏切ったぁぁっ」
男はその咆哮と共に、脇に刺してあった刀を引く。帝人の目にその鋭利な刃が光り輝いた。
まるで時間が止まったかのように帝人は感じる。その男の動きも全てがこま送りのように見えているのに、身体が言うことを聞かず動けない。
次に帝人が思ったのは、この世でもっとも大切な存在。あの漆黒の妖怪の笑顔が脳裏を過ぎる。
(臨也さんっ・・・・!)
肉を切り裂く音と共に、真っ白な雪の上に赤き鮮血の衣が被さった。