【腐向け】貴方への文【小太官】
ここは石垣原坑道
小生…黒田官兵衛は現在、わけあってこの穴倉で重労働に勤しむ羽目に陥っている。
今のところはあの忌々しい刑部に従っているが、天下取りの野望を捨てたわけではない。
―だが無闇やたらと反抗していては、自分だけでなく炭鉱夫達の身も危ないからなあ…
不本意ではあるが、敵を油断させるのも策のひとつだと無理やり自分自身を納得させ
日々この頭脳と肉体を酷使し続けている…
「ん…このままいけば期日には間に合いそうだな」
官兵衛は誰に聞かせるわけでもなく呟きながら見積書をまとめた。
―採掘量の見積もりも一段落ついたことだし、ここらで小休止といくか。
そう考えながら視線を上げると…目と鼻の先に”誰か”が立ちふさがっていた。
「うおわああっ!」
思わず後ろにのけぞってしまい、固い岩肌に後頭部をしたたかに打ちつけ…
…そうになったが、文字通り間一髪で背中に”誰か”の腕が回されて無傷で済んでいる。
突然の出来事に若干混乱していた小生も、目の前にいるのが何者なのかを理解して
ほっと胸をなで下ろした。
「なんだ…お前さんか、風切羽」
その”誰か”とは小田原の北条氏に仕える伝説の忍…風魔小太郎であった。
よく見れば小生を抱えているのとは反対の手に何やら文と思わしきものを握っている。
大方、また北条殿からの手紙を持ってきたはいいが、仕事中の小生を邪魔するまいと
キリがつくまで待っていてくれたのだろう…いつも通り無言で、気配すら無くして。
「待っていてくれたのか?ありがとさん。…だが、正直言って心臓に悪いぞ…」
気遣ってくれていた相手にこの言い草もどうかと思うが、言われた本人は全く気にしては
いない様子で、小生を抱えたままじっとしている。
―いや、もう大丈夫だからいいかげん離してほしいのだが…
「あ~、もう小生は平気だから…手を離せ。な?」
ぽりぽりと頬を掻きながら困ったように申し出れば、風切羽は小生をそっと座らせてから
やっと腕を離し、すかさずスッと文を2通差し出してきた。…ってちょっと待て!
暗くて見間違えたかと思ったが、確かに文は2通ある。
両方が北条殿の物である可能性は限りなく低い。
なぜなら、片方の文は透けて見える筆跡や紙の質から普段通り北条殿からの文であろうと断言できるのだが、もう片方の文は全く見覚えのない筆跡で書かれていたのだ。
明らかに北条殿の筆跡とは思えぬ文だが、この伝説の忍が失敗を冒すとも思えないので
こちらも小生宛であることはほぼ間違いないのだろうが…
そんなことを考えながら初めて見る筆跡の文をしげしげと眺めていると
なぜか風切羽は主の文だけを小生の眼前に差し出して、もう片方はしまいこんでしまった。
―あれ?そっちも小生に届けに来たんだろう?
ますますわけが分からなくなってきた。
「おい、そっちの文も小生宛なんだろう?なんで隠すんだ?」
首を傾げながら尋ねると、なぜか言葉に詰まったかのように(まあ普段も無口だが)俯いた。
この忍にしてはかなり人間くさい仕草をしたので思わず目を見張っていると
観念したと言わんばかりの威圧感を背負いながらもう一つの文も差し出してきた。
…えらくこの文を渡すことに抵抗がある様子だ。
そして、小生が両方の文を受け取ると、黒い羽を残して風切羽は去って行った。
帰り方はいつも通りなのだが、今日に限っては逃げ帰ったかのようにも見える…
「…まあ、とりあえず両方とも読んでみるか」
片方は送り主すら分からぬが、届けられたからには読まねば失礼だろう。
まずは先に北条殿から送られたであろう文を読んでみることにする。
…こちらは、小生の読み通り北条殿からの文であった。
季節のあいさつから始まり、近況や前回送った小生の文への返答など至っていつも通り。
内容的にも間違いなく北条氏政が送ってきた文である。
風切羽が異常な態度を取らざるを得ないような内容はどこにも見当たらなかった。
では、やはりもうひとつの文が原因なのだろう。
そう推測しながら、ついに問題の文を開いてみると、こんなことが書かれていた。
『拝啓 黒田官兵衛殿へ
晩秋の候、いかがお過ごしでしょうか。
常日頃から熱が籠り蒸し暑い坑道の中といえども、冷たい風が吹き込む季節です。
どうか風邪などひかぬよう体調にはお気を付け下さい。
―…うん、普通だよな?えらく渡しにくそうにしていたから、小生を快く思わない家臣から
刑部ばりの罵詈雑言文が並べられた文でも押しつけられたかと思ったが違うようだな。
そんな自分でも悲しくなるようなことを考えつつ、読み進める。
書くときに緊張でもしていたのか、ところどころ文字がふるえているのが可笑しい。
想像していたような悪意は行間からは全く読みとれず、むしろ逆に小生に対する好意が
にじみ出ているかのように思える文章であった。
他人からの好意には慣れていないのでとても照れくさい…が、やはり嬉しい。
少し頬を染めながらもついつい読み進めていくと、ついに文末に差しかかった。
…貴方が苦しめば、俺の主も悲しむし、俺自身も悲しくなるのです。
どうか我らを頼ってください。主も、俺も貴方には笑顔でいて欲しいと思っていることを
忘れないでください。
敬具』
謎の文は、このように締めくくられていた。
最後まで優しさにあふれていたが、残念なことに送り主の名はどこにも書かれていない。
何度も記憶を探ってみたが、やはりこの筆跡にも覚えがない。
これだけなら差出人は分からずじまいだが…今日の風切羽の様子を思い出す。
―いや、辻褄は合うが…アイツがそんなことするか?
小生に文を渡したのは、あの風切羽であると…
そう考えれば、あの不審な態度にも一応説明はつく。
―じゃあ何か、それでは最初に文を出し渋ったのは…恥ずかしかったからか?
あの忍が自発的に(しかもあんな内容の!)文を出すとは思えない。
大方、北条殿から何かしら言われて渋々、といったところだろうと見当をつける。
…胸がチクリと痛んだ気がしたが、気のせいだろう。
そんなことがあった数日後
風切羽があの時の文の返事を取りに、また小生の元にやってきた。
無論、小生は返事を書いておいた。…両方の文に。
2通の文を差し出された時、風切羽の手が一瞬震えたように見えたのは目の錯覚か?
大人しく両方の文を受け取った忍に向かい、きっぱりとした口調で言い放った。
「今回の返事は…北条殿とお前さん宛の2通が必要だろう?」
「…!」
ニヤリと笑ってこう言えば、ビクリと体を震わせ、またこの前のように俯いてしまった…
あの、風魔小太郎がだ!
この件に関しては半信半疑だったが…小生の慧眼はやはり真実を見抜いていた。
なんだか悪戯が成功したような気分になれたが、まだ俯いたままの風切羽を見ていると
いくらなんでも可哀想になってきた。
―コイツにだけ恥ずかしい思いをさせるのも気が引けるがなぁ…
本人に向かって「文を貰って嬉しかった」と伝えるのは流石に勇気がいる。
せめて、本意ではなかったのは分かっているんだと伝えておいてやろう。
「照れるな照れるな。どうせ北条殿から言いつけられたから書いたんだろう?
小生…黒田官兵衛は現在、わけあってこの穴倉で重労働に勤しむ羽目に陥っている。
今のところはあの忌々しい刑部に従っているが、天下取りの野望を捨てたわけではない。
―だが無闇やたらと反抗していては、自分だけでなく炭鉱夫達の身も危ないからなあ…
不本意ではあるが、敵を油断させるのも策のひとつだと無理やり自分自身を納得させ
日々この頭脳と肉体を酷使し続けている…
「ん…このままいけば期日には間に合いそうだな」
官兵衛は誰に聞かせるわけでもなく呟きながら見積書をまとめた。
―採掘量の見積もりも一段落ついたことだし、ここらで小休止といくか。
そう考えながら視線を上げると…目と鼻の先に”誰か”が立ちふさがっていた。
「うおわああっ!」
思わず後ろにのけぞってしまい、固い岩肌に後頭部をしたたかに打ちつけ…
…そうになったが、文字通り間一髪で背中に”誰か”の腕が回されて無傷で済んでいる。
突然の出来事に若干混乱していた小生も、目の前にいるのが何者なのかを理解して
ほっと胸をなで下ろした。
「なんだ…お前さんか、風切羽」
その”誰か”とは小田原の北条氏に仕える伝説の忍…風魔小太郎であった。
よく見れば小生を抱えているのとは反対の手に何やら文と思わしきものを握っている。
大方、また北条殿からの手紙を持ってきたはいいが、仕事中の小生を邪魔するまいと
キリがつくまで待っていてくれたのだろう…いつも通り無言で、気配すら無くして。
「待っていてくれたのか?ありがとさん。…だが、正直言って心臓に悪いぞ…」
気遣ってくれていた相手にこの言い草もどうかと思うが、言われた本人は全く気にしては
いない様子で、小生を抱えたままじっとしている。
―いや、もう大丈夫だからいいかげん離してほしいのだが…
「あ~、もう小生は平気だから…手を離せ。な?」
ぽりぽりと頬を掻きながら困ったように申し出れば、風切羽は小生をそっと座らせてから
やっと腕を離し、すかさずスッと文を2通差し出してきた。…ってちょっと待て!
暗くて見間違えたかと思ったが、確かに文は2通ある。
両方が北条殿の物である可能性は限りなく低い。
なぜなら、片方の文は透けて見える筆跡や紙の質から普段通り北条殿からの文であろうと断言できるのだが、もう片方の文は全く見覚えのない筆跡で書かれていたのだ。
明らかに北条殿の筆跡とは思えぬ文だが、この伝説の忍が失敗を冒すとも思えないので
こちらも小生宛であることはほぼ間違いないのだろうが…
そんなことを考えながら初めて見る筆跡の文をしげしげと眺めていると
なぜか風切羽は主の文だけを小生の眼前に差し出して、もう片方はしまいこんでしまった。
―あれ?そっちも小生に届けに来たんだろう?
ますますわけが分からなくなってきた。
「おい、そっちの文も小生宛なんだろう?なんで隠すんだ?」
首を傾げながら尋ねると、なぜか言葉に詰まったかのように(まあ普段も無口だが)俯いた。
この忍にしてはかなり人間くさい仕草をしたので思わず目を見張っていると
観念したと言わんばかりの威圧感を背負いながらもう一つの文も差し出してきた。
…えらくこの文を渡すことに抵抗がある様子だ。
そして、小生が両方の文を受け取ると、黒い羽を残して風切羽は去って行った。
帰り方はいつも通りなのだが、今日に限っては逃げ帰ったかのようにも見える…
「…まあ、とりあえず両方とも読んでみるか」
片方は送り主すら分からぬが、届けられたからには読まねば失礼だろう。
まずは先に北条殿から送られたであろう文を読んでみることにする。
…こちらは、小生の読み通り北条殿からの文であった。
季節のあいさつから始まり、近況や前回送った小生の文への返答など至っていつも通り。
内容的にも間違いなく北条氏政が送ってきた文である。
風切羽が異常な態度を取らざるを得ないような内容はどこにも見当たらなかった。
では、やはりもうひとつの文が原因なのだろう。
そう推測しながら、ついに問題の文を開いてみると、こんなことが書かれていた。
『拝啓 黒田官兵衛殿へ
晩秋の候、いかがお過ごしでしょうか。
常日頃から熱が籠り蒸し暑い坑道の中といえども、冷たい風が吹き込む季節です。
どうか風邪などひかぬよう体調にはお気を付け下さい。
―…うん、普通だよな?えらく渡しにくそうにしていたから、小生を快く思わない家臣から
刑部ばりの罵詈雑言文が並べられた文でも押しつけられたかと思ったが違うようだな。
そんな自分でも悲しくなるようなことを考えつつ、読み進める。
書くときに緊張でもしていたのか、ところどころ文字がふるえているのが可笑しい。
想像していたような悪意は行間からは全く読みとれず、むしろ逆に小生に対する好意が
にじみ出ているかのように思える文章であった。
他人からの好意には慣れていないのでとても照れくさい…が、やはり嬉しい。
少し頬を染めながらもついつい読み進めていくと、ついに文末に差しかかった。
…貴方が苦しめば、俺の主も悲しむし、俺自身も悲しくなるのです。
どうか我らを頼ってください。主も、俺も貴方には笑顔でいて欲しいと思っていることを
忘れないでください。
敬具』
謎の文は、このように締めくくられていた。
最後まで優しさにあふれていたが、残念なことに送り主の名はどこにも書かれていない。
何度も記憶を探ってみたが、やはりこの筆跡にも覚えがない。
これだけなら差出人は分からずじまいだが…今日の風切羽の様子を思い出す。
―いや、辻褄は合うが…アイツがそんなことするか?
小生に文を渡したのは、あの風切羽であると…
そう考えれば、あの不審な態度にも一応説明はつく。
―じゃあ何か、それでは最初に文を出し渋ったのは…恥ずかしかったからか?
あの忍が自発的に(しかもあんな内容の!)文を出すとは思えない。
大方、北条殿から何かしら言われて渋々、といったところだろうと見当をつける。
…胸がチクリと痛んだ気がしたが、気のせいだろう。
そんなことがあった数日後
風切羽があの時の文の返事を取りに、また小生の元にやってきた。
無論、小生は返事を書いておいた。…両方の文に。
2通の文を差し出された時、風切羽の手が一瞬震えたように見えたのは目の錯覚か?
大人しく両方の文を受け取った忍に向かい、きっぱりとした口調で言い放った。
「今回の返事は…北条殿とお前さん宛の2通が必要だろう?」
「…!」
ニヤリと笑ってこう言えば、ビクリと体を震わせ、またこの前のように俯いてしまった…
あの、風魔小太郎がだ!
この件に関しては半信半疑だったが…小生の慧眼はやはり真実を見抜いていた。
なんだか悪戯が成功したような気分になれたが、まだ俯いたままの風切羽を見ていると
いくらなんでも可哀想になってきた。
―コイツにだけ恥ずかしい思いをさせるのも気が引けるがなぁ…
本人に向かって「文を貰って嬉しかった」と伝えるのは流石に勇気がいる。
せめて、本意ではなかったのは分かっているんだと伝えておいてやろう。
「照れるな照れるな。どうせ北条殿から言いつけられたから書いたんだろう?
作品名:【腐向け】貴方への文【小太官】 作家名:セイロ