二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

暦巡り

INDEX|15ページ/33ページ|

次のページ前のページ
 

霜降 10月23日




 ここより一本向こうの通りを走り抜けた車の残響が消えると、辺りにはまた静寂が訪れる。
 時刻は夜半をとうに過ぎて寝静まった住宅地。
 家々は暗い影に包み込まれ、明かりの漏れる窓もない。電柱に申し訳程度にくくりつけられた街灯すらまばらな細い路地だ。
 けれど、今宵は白く冴え冴えとした月明かりが降る夜で、肩を寄せて歩く二人にはなんの不便もなかった。
 ゆっくりとした足取りでアスファルトを踏みしめる。大柄と小柄、でこぼこなふたつの人影。
 歩く度にカサカサと密やかな音を立てているのはアメリカの左手に下がるコンビニの袋。中身はカップのバニラアイス。同じく、日本の持つ袋には誘惑に負けてつい買ってしまった肉まんが二個入っている。ちなみに、ひとつはアメリカの分だ。
 「寒い……」と言ってアメリカが、首をすくめてパーカーの襟のなかに顔をうずめる。その科白は日本の自宅からコンビニまでの行き帰りでもう十二回ほど繰り返されていた。その度に日本は「なら、なぜアイスクリームを買うのですか?」と、切り返したくて仕方なかったが、その議論はだいぶ前に決着がついていたのでぐっと堪えていた。あのときの「アイスクリームは食べたいときに食べるもんだろ? 暑いとか寒いとか関係ないじゃないか」日本は変なことを聞くんだな……と、朗らかに笑っていたアメリカの顔が忘れられない。
 口を挟む代わりに、日本は夜空を仰いでため息をひとつ。
 吐き出した息は白く濁り、ふわりと広がって、やがてちりじりに霧散していく。
 天上には十五夜から痩せ始めたばかりの月。その姿が変わりゆくにあわせて日々秋は深まり、研ぎ澄まされていく空気が冷々と鋭利さを増す。煌々とした月明かりがそれに拍車をかけているような気がした。月の光はどれだけ明るく射そうとも、どこかそら寒いものを感じてしまう。しかし、だからこそ凛としたその姿に崇高ささえ抱くのだろう。
「……綺麗だね」
「え……?」
 不意に聞こえた呟きに隣を歩くアメリカを見やれば、彼もまた、満天にかかる月を見上げていた。
「月が綺麗だね」
 蒼い瞳を月に奪われたまま、独り言のようにアメリカは繰り返す。
 確かに今日の月は兎の姿も明瞭で大層美しい。しかし、アメリカが日本に伝えたいことはそれだけではないのだろう。
 日本は嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。彼がその言葉に含まれる別の意味を、ちゃんと理解しているのだと知っていたから。
「……ええ、月が綺麗ですね」
 火照りだした頬を気取られぬように、日本も再び月に視線を移し、そう返した。
「うん、すごく月が綺麗だ」
「はい、とても」
「言葉じゃ言い表わせないほど月が綺麗なんだぞ」
「え……?」
「本当に月が綺麗なんだぞ」
「……」
「どうしてこんなに月が綺麗なんだろうな」
「……」
「月が綺麗過ぎて堪らない」
「……」
「月が綺麗。どうにかなっちゃいそうなほど」
「あの……アメリカさん……」
「月が綺麗なんだぞ……日本」
「……!?」
 途切れることなく続けざまに語られる愛の囁きに耐え切れなくなった日本が視線をアメリカに戻すと、こちらをじっと見つめる蒼い双眸に射すくめられた。口は少し不機嫌そうに、への字に弧を描いている。
「……せっかく照れ屋な君に合わせてあげたんだから、もっといっぱい『月が綺麗』って……『I LOVE YOU』って言って欲しいんだぞ」
 どうやら、アメリカは日本の口数が少なかったことがお気に召さないらしい。
「アメリカさんのは、いくらなんでも言い過ぎですよ……」
「そんなことないぞ。これでも全然足りないくらいだよ」
「使い過ぎると言葉の意味が薄れてしまいます」
「意味なんてどうでもいいよ。愛の言葉は、言えば言うほど恋しいって気持ちが深くなっていくんだ。重要なのは心だろ?」
 そう言って、アメリカは月の光に負けない清涼さで笑う。その笑顔にどきりとした。
 その真っ直ぐな考え方は少々子供っぽくはあるが、嫌いではない。
 しかし、ものには限度がある。何事もほどほどが一番だ。第一、このままでは鼓動が高まりすぎてこちらの心臓がもちそうにない。
 そう、アメリカの問いかけに答えようと日本が口を開きかけたそのとき、ひゅるるううと風が路地を吹き抜ける。木枯らし一番はまだ先だけれども、夜風の冷たさはもうそれとさほど変わらない。
「寒うっ!」
 本日十三度目の弱音をアメリカが零す。ふるりと身震いをして体を縮こませると、いままでパーカーのポケットに突っ込んでいた右手を日本の前に差し出した。
「寒いから、手を繋ぐといいんだぞ!」
「私の手は冷たいですよ? かえって寒くなってしまうのでは?」
「それなら、俺が温めてあげるんだぞ!」
 躊躇する日本の手を半ば強引に取って、アメリカは指を絡ませる。
「君の指、ほんとに氷みたいだ。でも、すぐに温かくなるんだぞ!」
「ふふ、そうですね」
 お互いの顔を見合わせて、二人は幸せそうに微笑んだ。
 触れるアメリカの手のひらのぬくもりが、日本にはじんわりと心地好かった。




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。