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暦巡り

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寒露 10月8日




「あ」
 車窓の外に流れるいつもの町並み。日本の家に向かう通い慣れた道の通り沿いに、小さな花屋を見つける。それはちょっとした発見だった。
 こんなところにフラワーショップがあったんだ。
 新しく出来たのか、単に今まで気付かなかっただけなのか……多分、後者だね。花屋なんて、バーガーショップやアイスクリームのワゴンほど興味を向ける対象じやないから。
 ……そうだ、あの花屋で日本に花束を買っていこうかな?
 柄にもないことを思い付いたのは単なる気まぐれだった。でも、たまにはそんなキザっぽいサプライズも悪くはない。
 思い立ったら即実行が俺の主義。タクシーを道の端に寄せてもらい、ドライバーに少し待っててくれるように頼んで車を降る。仰ぐ空は青く晴れ渡り、薄い雲が筋になって飛んでいく。吹き抜ける爽やかな秋風を肌に感じつつ、気分良く口笛を吹きながらさっき見た花屋への道を足取り軽く進んだ。



 低いビルの一階にある少しくたびれた感じの小さな店内は、鮮やかな色と甘い香りの洪水に埋め尽くされていた。
「っらっしゃいませ〜」
 紺色のエプロンを着けた年若い男性の店員がのんびりとした声で出迎えてくれる。店長……って感じじゃない。店番のバイトといった所かな。どことなく雰囲気がカナダに似ている。
「お花、決まりましたら申し付けください」
 ニコニコと愛想良く笑う店員に頷き返して、改めてぐるりと店内を見回す。
 さて、どうしよう?
 たくさんある花の中から何を選んだらいいかな。日本が好きな花といえば真っ先に思い付くのは桜だけど……さすがに無いみたいだ。恋人に贈る花束の定番、真っ赤なバラはイギリスの真似みたいでなんか嫌だし。
 次々綺麗な花に目をうつしながら、あーでもない、こーでもない……と考えをめぐらす中、ふと、俺の視線がとある花に止まった。
「マムか……」
 マム。クリサンセマム。
 そこに並ぶのは黄色、白、紫と、派手じゃないけど、気品高い美しい色合いの花。優雅な花姿は見ごたえも十分だ。
 それに、確かこれは……。
 うん、日本にプレゼントするのはマムにしよう! これほどぴったりな花はないんだぞ。
 さすが俺、実にナイスアイデアだ。
 一口にマムと言っても種類も多く、その花姿も様々だ。俺は候補をさらにしぼりこむことにする。小さな花がたくさん咲いたスプレータイプのもすごくキュートだけど……ここはやっぱり大輪の花を選ぼう。清廉とした一輪花は、凛と背筋を伸ばして立つ日本の後ろ姿を連想させてくれる。色は黄色よりも白の方がより彼らしい。
 よし、この花に決めた!
 店員を呼び寄せて、
「あるだけのこの花で、抱え切れないほどの大きな花束を作って欲しい」
 と注文すると、彼はなぜか、
「これで、ですか……?」
 眠そうだった目を丸くした。
「ああ、赤いリボンで頼むよ」
 首肯してそう返すと、店員の表情はさらに困惑の度合いを高める。
「もしかしてそんなに本数をそろえられないとか?」
「あ……いえ、数は……十分に……分かりました。ただいまお作りしますので少々お待ちください」
「よろしく頼むよ」
 ――数分後、出来上がった純白の花束を抱えて花屋を後にした俺はすっかり上機嫌だった。
 これを渡すときの、日本の驚く顔が早く見たいんだぞ。
 喜んでくれるよね、なんせ君と同じ名前の花なんだから!




 『菊』の花が贈り物に向かないということを、アメリカが知るまであとちょっと。





END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。