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暦巡り

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冬至 12月22日



 アメリカさんが怪我をした。
 ……と言っても、それほど深刻なものではない。
 夕飯の支度中、硬い南瓜と悪戦苦闘していた私を見かねて、珍しく手伝いを申し出て頂けたのは大変ありがたかったのですが、彼は南瓜ではなく自分の指を切ってしまったのだ。不幸中の幸い、見た目の出血量に比べて怪我自体は大したことなく、左手の薬指の先に一センチほどの切り傷をこしらえていました。病院だ救急車だと大騒ぎするほどのものでもなかったので、止血をしてから傷薬を縫り絆創膏を二枚重ねて、はいおしまい。
 しゅんとうなだれたアメリカさんに「大丈夫ですか」とたずねれば、「痛いんだぞ……」と、涙を浮かべた青い目でダブルホールドの絆創膏を見つめながら、えぐえぐと鼻を鳴らす。指先ってちょっとした怪我でもじくじくと痛みますからねえ。
 彼の金髪を宥めるようにゆっくりと梳く。ナンツケットもどことなく意気消沈しているように見えた。
 大丈夫、私たちは怪我の治りが早いですから、きっとすぐに良くなりますよ。



 ――と、まあ、そんなことがあったのが三時間ほど前で。
 夕食後の後片付けもすっかり終えて居間に戻ると、傷の痛みもすっかり引いたのか、アメリカさんはテレビを見ながらごろごろとくつろいでいました。……牛になったらすき焼きにしちゃいますからね? ちなみに南瓜は煮物にして美味しくいただきました。アメリカさんの仇はきちんと取りましたよ。
「アメリカさん、お風呂をたてたので先に入っちゃってください」
 声をかけるとアメリカさんは起き上がって胡坐をかいた。私のことをじっと見つめて、によりっと口元を緩める。……何か悪巧みをしているときの顔です。
「日本も一緒に入ろうよ」
「嫌ですよ」
 アメリカさんの誘いかけを間髪いれずに一蹴し、そういうことかと思いながらため息を吐く。
「二人一緒は、さすがに狭いですから」
 出来れば今日は一人でのんびりゆっくり湯につかりたい……と、考えていたのですが、
「だって、これじゃあ、俺、髪も洗えないんだぞ」
 そう言って、アメリカさんが開いた左手を私に向ける。指先には絆創膏。
 そういえばそうでした。確かに、一人で入浴するのは少し大変そうです。
「わかりました。仕方ないですね」
 しぶしぶ嘆息混じりにそう返すと、アメリカさんは嬉しそう相好を崩す。立ち上がって私の手を引くと、
「それじゃあ、早速お風呂に行こう!」
「はいはい」
 上機嫌なアメリカさんに促がされて、二人連れ立って風呂へと向った。



 アメリカさんの左手には、コンビニの袋と輪ゴムで即席の濡れ防止処置を施した。
 お湯に浸けたりしなければ、これで十分でしょう。
「痒いところはないですか?」
「うーん……背中?」
「……ここですか?」
「もうちょっと右……あ、うん、そこ」
 なんてベタなやりとりをしながら、アメリカさんの髪を洗う。
 泡に絡まる細い金髪は驚くほど柔らかい。手触りが楽しくて、愛おしむようにゆるりと指先を動かす。アメリカさんは「くすぐったいよ」と、笑っていた。



 ちゃぽんとお湯の鳴る音がする。
「ねえ、日本。黄色いオレンジがいっぱい浮かんでるんだけど……」
 先に湯船に浸かっていたアメリカさんが、不思議そうに黄色い球体を突付いている。それを横目で見ながら、手桶に汲んだ湯で体の泡を流した。
「ああ、ゆずですよ。いい香りでしょう?」
「へえ……ホントだ。爽やかな匂いがするね」
 右手で一つ持ち上げ、くんくんとゆずを嗅ぐアメリカさん。
「……食べないでくださいね?」
「え……!? 食べられないのかい!?」
 まさかそんなことはするまいと思いつつの、念のための忠告だったのに、そんなに残念そうな声を上げられては苦笑いを零すしかない。食べるつもりだったんですね……。
「失礼します」
 そんな益体もないやり取りをしている間に体が冷えてしまった。早くゆず湯で温まろう。
 湯船の反対側、アメリカさんと向かい合うように足を入れる。「あー……」ゆっくりと体を沈めると思わず声が出た。
「じじくさいんだぞ、日本」
「爺だから良いんですよ」
 ぎゅっと絞ったタオルを頭に乗せて、極楽極楽と呟く。やや熱めの湯がちりちりと肌に絡みつくが、冬場はこれぐらいのほうが気持ち良い。
 しかし、やっぱり二人だとこの湯船はちょっと狭いですね……。
 足を伸ばせないのは実に悔やまれたが、それでも鼻孔をくすぐる清々しい香気に頬が緩む。ああ、ゆず湯最高。
「良いお湯ですねえ……アメリカさん」
「……」
「……アメリカさん?」
 返事がないことを訝しく思い、視線を向けるとアメリカさんはなにやら不満げな表情で私のことを見つめていました。……ゆず湯、お気に召さなかったのでしょうか? 食べられないから? いや、まさか……。
 そんなことを考えていると、アメリカさんは急に立ち上がりました。
「え、どうかされたんですか?」
 ざばんと波立つお湯。くるくると揺れるゆずの群れ。
 私がその突然の行動に戸惑っていると、彼はくるりと体を反転させて、
「え、ちょ……」
「へへへ」
 すとん、と、私の膝の間に腰を下ろす。反動で、またお湯が湯船から溢れた。アメリカさんはそのまま寄りかかるように私に体を預ける。湯船の中なので、いくら体重をかけられてもこちらに負担はない。が、
「余計に狭くなるじゃないですか……」
「いいじゃないか、くっつきたい気分なんだぞ。君めったに一緒にお風呂に入ってくれないし」
「本当に仕方のない人ですね……」
 甘え上手な恋人の濡れた金髪をすがめ見つつ、ぽんぽんとあやすように軽くたたく。
 すると、アメリカさんは頭をひねって私を見上げる。細められた青い瞳と視線が交わると、かれはくすくすと笑い声をもらして、自分の唇をかすめるように私にキスをした。
「……そういうことがしたいのなら、ちゃんと怪我が治ってからにしなさいな」
「えー、今がいいんだぞ! 君はその気にならないのかい?」
「傷を濡らすと治りが遅くなりますから、我慢してください」
 ずっと痛いままでもよろしいんですか? と、声を低くすれば、「うう、わかったんだぞ……」とアメリカさんはいともあっさりと引く。けれど、
「じゃあ、怪我が治ったらまた一緒にお風呂に入るんだぞ!」
「……」
 返事の変わりに、わしゃわしゃとアメリカさんの髪を掻き混ぜた。どうせ、反対意見は認めないのでしょう?
「早く怪我が治ると良いですね」




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。