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暦巡り

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立夏 5月5日



 パチパチと口の中ではじけるオレンジキャンディがこれでもかと練り込まれた、ラズベリーとブルーベリー、もひとつおまけにストロベリーも加えて、ベリーづくしのトリプルマーブル。ビビッドカラー。キャラメリゼしたナッツと砕いたチョコクッキー、もちろんヌガーもたっぷりのモカクリーム。こってりどっしり重量級。
 迫力満点、ついでにカロリーも満点そうな二段重ねを手に、アメリカさんは満足そうにニコニコと白い歯をこぼす。私の右手にもなんの変哲もない抹茶色のアイスがひとつ。ダブルだなんてとてもとても。私にはこれでも十分すぎるほどです。
 観光シーズン真っ直中、人混みを避けてアメリカさんと連れだって出かけた近所の公園もご多分に漏れず、私たちと同じことを考えたと思われる家族連れで、まあ、それなりのにぎわいを見せていました。大型連休おそるべし。
 その一角に、いつもはないアイスクリームワゴンの姿がありました。それをアメリカさんが見逃すはずもなく。
 うららかなというよりもじんわりと汗ばむくらいの初夏の陽気と、期待感に満ちあふれきらきらと輝くアメリカさんの瞳に背中を押され、私たちはアイスクリームを買い求めました。
「すごくキュートで美味しそうなんだぞ!」
 くるくると踊るような軽い足取りで無邪気に笑うアメリカさん。ほんとにアイスが大好きなんですねえ。そんなに喜んでもらえると私も嬉しくなります。果たして、キュートが食物に使うべき形容詞かどうかはこの際置いておいて。
 しかし、そんなに気もそぞろで浮き足立っていては、不測の事態に対処しきれず転んでしまうかもしれません。たとえば、なぜか落ちているバナナの皮とかで。そんな漫画のような展開がないとは言い切れない。
「そんなにはしゃいでは足下がおぼつかなくなりま、すぅうッ!?」
 けれども、老婆心で口の端に乗せられた忠言が最後まで言い終らないうちに、ぐらりと私の視界が傾ぐ。
 人の心配をしておいて、小さな段差に気付かず足を踏み外しバランスを崩したのは私のほうでした。
「おっと……! 大丈夫かい?」
 アメリカさんの腕に支えられ、なんとか転ばずには済みましたが……なんということでしょう、これは、ほんとに、ああもう。
「あ、はい。……ありがとうございます」
 バツの悪さに高揚する頬を隠すように、アメリカさんから離れ、頭を下げる。
「本当に平気? 足捻ったりしてないかい?」
「ええ、おかげさまで怪我もなく……あ」
「え? どうかした?」
 ふと視線を落とした手の先、握っていたアイスクリームのコーンの上、ある筈の存在が綺麗さっぱり消えてなくなっていました。地面に目を向けるとそこにぺしゃりと張り付いた抹茶色の塊が。あ――……。
「アイス、落っことしちゃいました」
 一口も手をつけてなかったのに。これはもったいが、自分の不注意が原因ならば苦笑いをこぼすしかない。
「――て、アメリカさん?」
 なぜあなたがそんな、地獄の釜の底に沈められたような絶望的な表情をしているんですか。
「日本……こんなことになるなんて、君になんて声をかけていいのか俺はわからないよ。……気を確かに持ってほしい」
「いえ、あの」
 なにやらものすごい悲劇が起こったような口振りですが、私、ただ単にアイスクリームを落としただけですよね。
「大丈夫ですよ、べつにそんな――」
「でも安心してくれていいんだぞ!」
 大仰なことではないと続けようとした言葉は、アメリカさんの力強い声に遮られてしまった。
「君のアイスは失われてしまったけど、ここに俺のアイスがある。だから半分こしよう! それでオールオッケーさ」
「ですから、え?」
「遠慮しなくていいんだぞ」
 さわやかヒーロースマイルとは裏腹に、なにやらよんどころない決意とほのかな哀愁をアメリカさんの青い瞳の奥に見つけた気がした。彼にとって、この提案はどうやら一大決心だったらしい。
 しかし――と、戸惑いの感情を抑え切れぬまま、恋人とその手のアイスクリームとを交互に見やる。
 半分こ。つまり選択肢は、はじけるビビッドカラーとこってり重量級。もしくはその両方を仲良く半分こ。
 ああ、アメリカさん。あんなにもお好きなアイスクリームを私に分けてくださるとおっしゃってくれたその気持ちは大変嬉しいのです。ちょっと、きゅんと胸が高鳴るほどには。ええ、そのお気持ちは、嬉しいのです、が。
「それは申し訳ないですよ。アメリカさんの分が減ってしまいますし」
 正直な話、愛しの恋人の優しい気遣いとはいえ、出来ればそのアイスクリームは遠慮したい。恐れ入りますすみません。
 ――それなのに。
「かまわないさ! 君の幸せのためならね」
「……ありがとう、ございます……」
 ぱちりとウインクをとばし、普段のあけすけなものとはまた違った、慈愛に満ちた笑顔を見せるアメリカさん。
 断れるわけがなかった。ああ。




END

作品名:暦巡り 作家名:チダ。