暦巡り
半夏生 7月2日
明け方まで降っていた雨は止んで、久しぶりに太陽が顔を覗かせていた。照りつける日差しはもう夏と変わらず、今日は暑い日になるだろうと、縁側に腰掛け、青く透明度の高い空を見上げてアメリカは思った。
せっかく晴れているのだから、どこかに遊びに行こうと日本に提案したら、「貴重な梅雨の晴れ間ですから、いろいろすることがあるんですよ」と言って、取り合ってくれない。ならば、何か手伝おうかと声をかけたら、「それでは、ぽち君の遊び相手をお願いします」と、体よく厄介払いをされてしまった。
ぽち君は今、縁側の縁でぷらぷらと揺れるアメリカの足にじゃれ付いている。
少々つまらない。
ぼんやりと庭を眺める。日本庭園を彩る様々な草木がその身にまとった雨の名残の露玉が、きらきら光を跳ね返しまるでこまやかなビーズを散りばめたようだ。
しばらくそうして過ごしていたが、ふと、庭の片隅に面白い姿をした草が生えていることに気付く。ポツリと離れた場所にあるそれは、日本の手で植えられたものではなく、どこからか飛んできた種が自然に根付いたのだろう。
好奇心に駆られたアメリカは、もっと近くでよく見ようと縁側から腰を上げた。
草自体は大して大きなものではない。しかし、膝丈ぐらいまでにゅうっと長く伸びた一本の茎。その先っぽが、鎌首を持ち上げて舌をちろちろと出したコブラの頭みたいだった。
雑草なら、かまわないかな。
なにげなく手折ってみようと、しゃがみ込んで手を伸ばし、
「カラスビシャクです」
不意に背後から降ってきた低い声に、アメリカは動きを止める。振り返ると、いつの間にか、日本がすぐそこに立っていた。
「薬にもなりますが、毒があります。むやみに触らないほうが良いですよ?」
毒という言葉に驚き、アメリカは慌てて指を引っ込めて立ち上がる。
「毒草なのかい?」
「ええ、この草が生える半夏生の頃には、天から毒気が降る……と言われていますから、そのせいかもしれませんね」
涼やかな藍染が清涼感を漂わせる、麻地の着物の袖で口元を隠し、すうっと目を細めて日本が笑う。そのなにげない仕草に色香を感じ、くらりと眩暈を覚えるのは、その毒気にやられてしまったからだろうか。
アメリカは、日本に触れたくなった。
「日本」
「はい?」
緩やかにこちらを見上げた日本の肩を抱き、その唇に自分のものを重ねた。キスは軽く触れただけで、ちゅっと可愛らしい音をたててすぐに離す。至近距離で覗き込んだ濃いべっ甲色の瞳は、一瞬、虚をつかれたように光を揺らしたけれども、間も無く、日本はくすくすと可笑しそうに忍び笑いを漏らした。
「今日の私は、たっぷり毒を溜め込んでいるかもしれませんよ?」
「そんなの、今さらだろ」
君の毒にはすっかり慣らされたからね……と、皮肉めいた言葉をアメリカが口にすれば、日本はさらに笑みを濃くする。その薄い唇にまた――今度は深く――キスを落とした。
END