しずおくんといざやくん【一緒にクッキング編】
感触が消えるまで、と長いこと擦り続けた指が真っ赤になった頃、臨也はようやく落ち着きを取り戻した。洗面台で指を洗いたいが、ここから出るのはまだ気まずい。もう少し籠もろうと心に決め、膝を抱えて顔をうずめる。
「本当に何考えてるんだよ…これだから俺はシズちゃんが嫌いなんだ…」
思わず独り言をつぶやいて、はあ、と大きなため息をつく。
と、それを合図にしたかのように、背にしているトイレのドアが不穏な音を立て始めて、臨也は慌ててドアを振り返った。まずい、あけなければと思った時にはすでに遅く、次の瞬間にはバキャッという音と共に、ドアが静雄によってきれいに取り去られてしまった。
「安心しろ臨也、俺もてめえが嫌いだ」
「………ちょっと…ドア取らないでよ、どうすんのこれ」
「開放的なトイレでいいじゃねえか」
「もう死ねば」
「てめえが死ね」
今日は散々だな、と臨也は立つ気力もなくす。力づくで取ったドアを壁に立てかけた静雄は、そんな臨也の腕を唐突に掴むと、ぐいぐいとダイニングに引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと何…」
「………さっき顔赤かったし目も潤んでたからまさかとは思ったけどよ…そんな傷くらいで泣いてんじゃねえよ」
「………は?」
立ち上がる暇もなくズリズリと引きずられていた臨也は、静雄の言葉に耳を疑う。
今なに、何て言った?泣いてた?誰が?切り傷で?泣いてた?誰が?俺が?
「っはあ!?じょ、冗談じゃない!勘違いにもほどがあるだろ、シズちゃん眼科行ったほうがいいんじゃないのあっいや脳神経外科の方がいいか、だいたい…!」
「あーもううるっせえ!………おら!鍋できてんぞ」
「え」
テーブルの上ではコトコトとおいしそうに鍋が煮えていた。反論も忘れ、呆気にとられている間に指にはばんそうこうが貼られて、静雄に座れと促される。
「シ、シズちゃん…」
「ったく…ホントにてめえは世話がやけるよな」
やれやれといった素振りで向かいに腰を下ろした静雄がフッ、と笑ったような気がして、臨也は思わず見惚れそうになった。が、慌ててぶんぶんと首をふる。
な、何考えてるんだ俺は、シズちゃんは気色悪い勘違いして俺に意味不明な気遣ってきてるんだぞ目を覚ませ、いや目覚ますとかそれ以前に何も目覚めてないんだったっていうか料理できるんなら最初から手伝えよ使えないな、いや、でもまあシズちゃんのわりにはそれなりにできたわけだからちょっとは感謝してやっても…感謝?感謝ってなんだやっぱり今の無し…
深呼吸をして動揺を隠しながら、チラリ、と静雄に視線を向ける。静雄は、テレビを見ながらはふはふとネギを口に運んでいた。
「…あちっ」
「……………………」
その様子に急激に食欲を刺激された臨也は、いつの間にか具材が盛られていた自分の取り皿におずおずと手を伸ばす。静雄と同じように、まずはネギを口に運んだ。
「…おいしい」
「……………だな」
いつの間にか口をついてでた感想に思わぬ返答があって、何ともいえない気持ちになる。ひとりぼっちではなく、誰かと一緒に食べる鍋の味を、臨也はじんわりと噛みしめた。
作品名:しずおくんといざやくん【一緒にクッキング編】 作家名:ルーク