【ギルエリ】 遠い約束
「遠い約束」
緑の平原がどこまでも見渡せる小さな丘の上が、エリザベータとギルベルトのお気に入りの場所だった。
夜にお互いの寝所を抜け出して、丘で星を見たり、話をしたり。
たわいのないどうでもいいことばかりだが、「国」として人々から奇異の目で見られる二人にとって、お互いの存在が、有りがたい、大切なものとなっていた。
今夜も夕餉を済ませると、寝入った振りをしてこっそりと抜け出す。
星々が降ってくる夜が近々ある、とギルベルトが神父から聞いたのだ。
昨日も夜空を眺めてみたが、途中で二人とも寝てしまった。
丘の上、朝日の中で目が覚めたとき、ほんのひとつ、きらきらと流れ燃え尽きていく星を見たが、神父の話では、雨が降るように、光り輝きながら大量の星が降るとの話だった。
どうしてもそれを見たい。
丘の上では、すでにギルベルトが待っていた。
「よお!ハンガリー!!おせーぜ!」
にやにやとにやけるその顔は、また何か新しい知識を仕入れたのか。
ギルベルトはうるさい。
細かいことまでよく覚えていて、星の位置だの、星座だの、それにまつわる話だの面倒くさいことをずっとしゃべっているのだ。
エリザベータは適当に受け流す。
(変な奴だよ、まったく。)
こいつときたら、聞いたことはすべて、今日起きたことはすべて日記に書きとめているというのだ。
実際に書いているのを見たことがある。
あの貴重な羊皮紙に・・・・・。
どんなにくだらないことを書いていようが、ドイツ騎士団はギルベルトのために、大量の羊皮紙を用意するのをやめないようだ。
(こいつも意外と大事にされてんだよな。
俺も・・・大切にはされてるけど・・・・・・。)
いつまでも子供の姿のままの体。
人が子供から大人になり、老人へとなっても、「国」の自分は子の姿のまま変わらない。
上司である王や王妃、大臣や騎士たちは、エリザベータを見るたび、微笑んでその頭をなでるが、身の回りの世話をする侍女や侍従は違う。
成長しないエリザベータを見て、眉をひそめ、そっと十字を切るのだ。
私の存在は、「人」からみると化け物なのかもしれない・・・・・・。
もう、慣れはしたが、露骨に自分を嫌う姿を見せつけられると、傷つくことは傷つくのだ。
星についてのうんちくをギルベルトはまだ話し続けている。
(こいつも気味悪がれることってあるのかなあ。)
ちらりと、自慢げに話すギルベルトをみる。
自分と同じ、まだ少年の顔。
剣を持って戦うには頼りない、か細い手足。
しかし、自分が戦場に出ることで、兵士たちの士気が格段に上がることをこいつも私も知っている。
(俺たちは「国」だから・・・・・戦ってなんぼなのかな・・・。)
ふつっとギルベルトが話すのをやめた。
「どうした?もう終わりか?」
からかい気味に聞いてみる。
ギルベルトはあたりを見まわしている。
「なんだよ?なんかあるのかよ?」
ギルベルトがふいに眼を閉じた。
「どうした?」
黙り込んでいるギルベルトにエリザベータはきょとんとしてしまう。
風が吹き抜けて、彼ら二人のいる草原をゆらしていく。
見動きすらしないギルベルト。
(まあ、いいか。こいつ変な奴だし。)
エリザベータはそう思って、話しかけるのをやめて、自分も風の音に耳をかたむけた。
ざざざ、ざざざあ、ざざざ、ざざざあ・・・・・・・・・。
吹き抜けていく風がやさしい。
しばらくの間、二人は黙って風の音を聞いていた。
「俺さ・・・・・・。」
ようやくギルベルトが口を開いた。
「俺・・・・昔・・・・・、海のそばで生まれたんだ・・・・・。」
嬉しそうに、懐かしそうに、素直な少年の顔で話しだすギルベルト。
「お前・・・・・覚えてるのか?!自分の生まれたとき!」
「いんや。でも、ヘルマンが教えてくれたんだ。俺が生まれたのは、パレスチナの海のそばのアッコンっていう街だって・・・・。」
「ああ・・・・・確か・・・十字軍の時の・・・・。」
ドイツ騎士団がハンガリーに招へいされた時に聞いた、彼の出自をうっすらと思い出した。
世の中に今ある騎士団は、みんな十字軍の時に生まれたという・・・。
「ああ。俺が生まれたのはさ・・・・。ヘルマンがまだ見習い騎士でアッコンにいたときでさ。朝の祈りをささげているときに、急ごしらえの祭壇の前にふっとあらわれたんだってよ・・・・・・・・・。」
エリザベータは思わずギルの顔を見つめてしまう。
皮肉に口をゆがめないギルベルトは、正直驚くほど端正な顔立ちをしている。
騎士団の中でただ一人、銀髪に、紅い瞳。
金髪に青い目の騎士が多い中、非常に目立つ。
(こいつ、いつもこういう顔してりゃ、かわいいのに・・・・。)
エリザベータはいつも思ってしまう。
このおかしな性格さえなければ、ギルベルトはもうちょっとまっとうに見えるのに。
「もうーーー、騎士団全員で大騒ぎさ!」
「そうだろうな・・・・突然こんなのが現れちゃ・・・・・。」
「へん!!そんときは、俺様は、赤ん坊で超かわいかったんだぞ!!ってヘルマンの話だけどな。」
「それで・・?現れて・・・みんな・・・・・お前をどうしたんだ?」
「偶然、当時の団長が知ってたんだ・・・・・。『国』としての存在が時として現れることをさ。
エルサレムとか、あの辺は十字軍の時にいろんな辺境伯国家ができたろう?
そんときに生まれた『国』の奴らが結構まわりにいたんだ。
団長が「これは神からの贈り物だ!」って叫んでさ。」
「団長、他の小さな『国』が生まれたときに出くわしたことがあったんだ。
エデッサとかいったかな。
でさ、俺様は、かっこいい赤ん坊で・・・・・、光に包まれて、空中に浮いてるのをみんなで必死につかんでおろしてくれたんだってよ。もう上へ下への大騒ぎさ!!
法王様も、俺の誕生をお祝いしてくれたんだってよ!!
もう、俺様、そのころからもってもてだぜ!」
「そんとき、お前赤ん坊だったんだろうが・・・もってもてだなんてわからないだろうが!!」
「けせせせ・・・。まあ、かっこいい俺様は、生まれたばっかりだろーと、いつだってかっこよかったのさ!」
「あー、また自慢かよ!俺はもう、城にけーるぜ!」
「まあ、まてよ!こっからなんだぜ!」
ギルベルトがけせせと笑う。
(いったい何が言いたいんだよ!こいつ!自慢だけなら、俺は帰るぜ!)
いらいらしだしたエリザベータをよそに、ギルベルトはしゃべり続ける。
「アッコンはさ、海の目の前にある街でさ・…朝から夜まで・・ずっと波音がしてるんだ・・・。
こう…・波が寄せて・・・・・、建物のすぐそばまでせまってきてて・・・・・・・。」
ギルベルトは思い出すようにして眼を閉じる。
「覚えてるんだ・・・・。俺の記憶って、ハンガリーにきてからなんだと思ってだけど、どこかでなつかしい海の音をさ・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「この草原の風の音がさ…・波の音みてーに聞こえるんだ・・・・・。こうして静かにしてえるとさ・・・・・・・。」
緑の平原がどこまでも見渡せる小さな丘の上が、エリザベータとギルベルトのお気に入りの場所だった。
夜にお互いの寝所を抜け出して、丘で星を見たり、話をしたり。
たわいのないどうでもいいことばかりだが、「国」として人々から奇異の目で見られる二人にとって、お互いの存在が、有りがたい、大切なものとなっていた。
今夜も夕餉を済ませると、寝入った振りをしてこっそりと抜け出す。
星々が降ってくる夜が近々ある、とギルベルトが神父から聞いたのだ。
昨日も夜空を眺めてみたが、途中で二人とも寝てしまった。
丘の上、朝日の中で目が覚めたとき、ほんのひとつ、きらきらと流れ燃え尽きていく星を見たが、神父の話では、雨が降るように、光り輝きながら大量の星が降るとの話だった。
どうしてもそれを見たい。
丘の上では、すでにギルベルトが待っていた。
「よお!ハンガリー!!おせーぜ!」
にやにやとにやけるその顔は、また何か新しい知識を仕入れたのか。
ギルベルトはうるさい。
細かいことまでよく覚えていて、星の位置だの、星座だの、それにまつわる話だの面倒くさいことをずっとしゃべっているのだ。
エリザベータは適当に受け流す。
(変な奴だよ、まったく。)
こいつときたら、聞いたことはすべて、今日起きたことはすべて日記に書きとめているというのだ。
実際に書いているのを見たことがある。
あの貴重な羊皮紙に・・・・・。
どんなにくだらないことを書いていようが、ドイツ騎士団はギルベルトのために、大量の羊皮紙を用意するのをやめないようだ。
(こいつも意外と大事にされてんだよな。
俺も・・・大切にはされてるけど・・・・・・。)
いつまでも子供の姿のままの体。
人が子供から大人になり、老人へとなっても、「国」の自分は子の姿のまま変わらない。
上司である王や王妃、大臣や騎士たちは、エリザベータを見るたび、微笑んでその頭をなでるが、身の回りの世話をする侍女や侍従は違う。
成長しないエリザベータを見て、眉をひそめ、そっと十字を切るのだ。
私の存在は、「人」からみると化け物なのかもしれない・・・・・・。
もう、慣れはしたが、露骨に自分を嫌う姿を見せつけられると、傷つくことは傷つくのだ。
星についてのうんちくをギルベルトはまだ話し続けている。
(こいつも気味悪がれることってあるのかなあ。)
ちらりと、自慢げに話すギルベルトをみる。
自分と同じ、まだ少年の顔。
剣を持って戦うには頼りない、か細い手足。
しかし、自分が戦場に出ることで、兵士たちの士気が格段に上がることをこいつも私も知っている。
(俺たちは「国」だから・・・・・戦ってなんぼなのかな・・・。)
ふつっとギルベルトが話すのをやめた。
「どうした?もう終わりか?」
からかい気味に聞いてみる。
ギルベルトはあたりを見まわしている。
「なんだよ?なんかあるのかよ?」
ギルベルトがふいに眼を閉じた。
「どうした?」
黙り込んでいるギルベルトにエリザベータはきょとんとしてしまう。
風が吹き抜けて、彼ら二人のいる草原をゆらしていく。
見動きすらしないギルベルト。
(まあ、いいか。こいつ変な奴だし。)
エリザベータはそう思って、話しかけるのをやめて、自分も風の音に耳をかたむけた。
ざざざ、ざざざあ、ざざざ、ざざざあ・・・・・・・・・。
吹き抜けていく風がやさしい。
しばらくの間、二人は黙って風の音を聞いていた。
「俺さ・・・・・・。」
ようやくギルベルトが口を開いた。
「俺・・・・昔・・・・・、海のそばで生まれたんだ・・・・・。」
嬉しそうに、懐かしそうに、素直な少年の顔で話しだすギルベルト。
「お前・・・・・覚えてるのか?!自分の生まれたとき!」
「いんや。でも、ヘルマンが教えてくれたんだ。俺が生まれたのは、パレスチナの海のそばのアッコンっていう街だって・・・・。」
「ああ・・・・・確か・・・十字軍の時の・・・・。」
ドイツ騎士団がハンガリーに招へいされた時に聞いた、彼の出自をうっすらと思い出した。
世の中に今ある騎士団は、みんな十字軍の時に生まれたという・・・。
「ああ。俺が生まれたのはさ・・・・。ヘルマンがまだ見習い騎士でアッコンにいたときでさ。朝の祈りをささげているときに、急ごしらえの祭壇の前にふっとあらわれたんだってよ・・・・・・・・・。」
エリザベータは思わずギルの顔を見つめてしまう。
皮肉に口をゆがめないギルベルトは、正直驚くほど端正な顔立ちをしている。
騎士団の中でただ一人、銀髪に、紅い瞳。
金髪に青い目の騎士が多い中、非常に目立つ。
(こいつ、いつもこういう顔してりゃ、かわいいのに・・・・。)
エリザベータはいつも思ってしまう。
このおかしな性格さえなければ、ギルベルトはもうちょっとまっとうに見えるのに。
「もうーーー、騎士団全員で大騒ぎさ!」
「そうだろうな・・・・突然こんなのが現れちゃ・・・・・。」
「へん!!そんときは、俺様は、赤ん坊で超かわいかったんだぞ!!ってヘルマンの話だけどな。」
「それで・・?現れて・・・みんな・・・・・お前をどうしたんだ?」
「偶然、当時の団長が知ってたんだ・・・・・。『国』としての存在が時として現れることをさ。
エルサレムとか、あの辺は十字軍の時にいろんな辺境伯国家ができたろう?
そんときに生まれた『国』の奴らが結構まわりにいたんだ。
団長が「これは神からの贈り物だ!」って叫んでさ。」
「団長、他の小さな『国』が生まれたときに出くわしたことがあったんだ。
エデッサとかいったかな。
でさ、俺様は、かっこいい赤ん坊で・・・・・、光に包まれて、空中に浮いてるのをみんなで必死につかんでおろしてくれたんだってよ。もう上へ下への大騒ぎさ!!
法王様も、俺の誕生をお祝いしてくれたんだってよ!!
もう、俺様、そのころからもってもてだぜ!」
「そんとき、お前赤ん坊だったんだろうが・・・もってもてだなんてわからないだろうが!!」
「けせせせ・・・。まあ、かっこいい俺様は、生まれたばっかりだろーと、いつだってかっこよかったのさ!」
「あー、また自慢かよ!俺はもう、城にけーるぜ!」
「まあ、まてよ!こっからなんだぜ!」
ギルベルトがけせせと笑う。
(いったい何が言いたいんだよ!こいつ!自慢だけなら、俺は帰るぜ!)
いらいらしだしたエリザベータをよそに、ギルベルトはしゃべり続ける。
「アッコンはさ、海の目の前にある街でさ・…朝から夜まで・・ずっと波音がしてるんだ・・・。
こう…・波が寄せて・・・・・、建物のすぐそばまでせまってきてて・・・・・・・。」
ギルベルトは思い出すようにして眼を閉じる。
「覚えてるんだ・・・・。俺の記憶って、ハンガリーにきてからなんだと思ってだけど、どこかでなつかしい海の音をさ・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「この草原の風の音がさ…・波の音みてーに聞こえるんだ・・・・・。こうして静かにしてえるとさ・・・・・・・。」
作品名:【ギルエリ】 遠い約束 作家名:まこ