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夏虫の夢

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その日終業式を終え、見せられないわけでもない成績表であっても親に渡すとなるとどことなく緊張してしまう恒例行事を無事に終えた僕は、どこか安堵した心持で自室へと戻っていた。
一人っ子の特権なのか、広い部屋に付けられたクーラーからは涼しい風が吹き出てくる。それにようやく一息つきながら、渡されたばかりの夏休みの課題を広げようと机に向かった時だった。
どんどんっ、と。控えめながらも焦ったように外から窓を叩く音がする。
時間は、夜の10時を過ぎたばかり。
寝るには早すぎるが、人が尋ねてくるにはいささか遅い時間だ。しかも、窓からの訪問をしてくる人物など心当たりはない。いぶかしく思いながら、カーテンの掛かった窓へと視線を向けた。
「蛍っ!蛍っ!!」
続いて、自分の名を呼ぶ声がする。
沢木だ。
気遣い屋の沢木がこんな時間に自分を訪ねてくるなんて珍しい。
そう思いながらカーテンを開けると、そこには泣きそうに顔をゆがめた沢木がいた。慌てて鍵を外し、窓を開ける。夏の夜の生ぬるい風が、クーラーの冷気で冷えた室内に入り込んできた。
「どうしたの?沢木」
誰かにいじめられでもしたんだろうか。
特殊な力を持っているせいで他と相容れない沢木は、よくクラスメートと衝突していた。
小学生のころは、それでよく僕に泣きついてきていたけど、中学に入ってからはそんなこともなくなっていたのに。
それは、他の沢木に対するいじめがなくなったわけではなかったんだけど。
「どうしよう・・・どうしよう・・・蛍・・・」
「なに?落ち着いて、沢木」
窓枠に掛けた腕を、震える手で掴まれた。
「・・・・いんだ」
「なに?」
「菌どもが・・・見えなくなったんだ・・・」
そう言って見上げた沢木は、何にすがればいいのか分からない、子供のような顔をしていた。



「はい、沢木」
「センキュ・・・・」
なんでこんなところに?と思うほど、辺鄙なところに設置された自販機から、ファンタを2本買って1本を沢木に渡す。当たり前ながら24時間営業の無人販売機は、夜の闇に慣れた目には痛いほど眩しい光を放っていた。
親の目を盗んでこっそりと抜け出した先は、僕と沢木の家のちょうど真ん中くらいにある用水路の脇。その脇に並ぶコンクリートの固まりに、並んで腰をかける。昔から、二人一緒に遊ぶときは決まってここだった。
プルトップを開けると共に炭酸の吹き出す音がする。
田舎の夜道は、ポツポツと距離を開けて立っている街頭と、遠くの民間から漏れる窓からの明かりが頼りだ。
それでも今日は、月が出ているから多少はましだろう。
それがなかったら、数メートル先も見えることはない。
 ごくりと、人工的に作られた甘味の液体を飲み込む。冷たい感覚が喉から胃の中へと通り過ぎるのを待って、隣に座る沢木へと視線を移した。
 買ったばかりのアルミ缶は、すでに大量の水滴をその表面に付けて沢木の手の中に納まっている。飲むでもなく、沢木はただそれを握り締めていた。
 「いつから?」
 ジーッジーッと、名前も知らない夏の虫の音が響く。その中に混じるのは、僕の声だけ。
 「いつから、見えなくなったの?」
 「・・・・・今日・・・学校から帰って、気が付いたら・・・」
 「沢木は、見えないほうがいいんじゃないの?」
 そう言うと、ばっと勢いよく俯いていた沢木の顔がこちらを向いた。
 「あんなに、嫌がってたじゃない」
 家同士の付き合いだからというのもあって、小さい頃から僕は沢木と共にいた。だから、彼が人にはない力を持つゆえにこうむった不利益を僕は良く知っている。
 沢木がどれだけ、その力を疎んでいるかということも。
 「そう・・・なんだけど・・・」
 ゆるりと、沢木の視線が僕から外れてまた手元の缶へと戻っていく。
 ぎゅっと握り締めたせいで、表面に浮いていた水滴が落ち、乾いた地面へと数滴吸い込まれていった。
 「そう・・・なんだけど、さ・・・」
 正直に言えば、沢木の受けた衝撃が分からないわけではない。
 物心付いたときから一緒にいて、彼らのせいとはいえ忌避されていた沢木のある場所はそこでしかなくて。
 それが、突然沢木の世界から消えたのだから混乱しても仕方のないことなのだろう。
 それだけ、彼らは沢木の特別なのだから。
 「・・・・・・なんで、見えなくなったか分かる?」
 「・・・あ・・・うん。・・・や、わかんねぇ」
 歯切れの悪い返事。
 「今日は終業式だったでしょう?何か、変わったこととかなかった?」
 そう問えば、びくっと細い肩が揺れた。
 「なっ・・・なんも、なかった」
 分かりやすい嘘に、僕は小さく「そう」とだけ答える。
 きっと、沢木の口からそのことが語られることはないだろうから。けれど、沢木にあった普段と違うことを僕は知っている。
 耳鳴りのような虫の声が、いつの間にか響いていた。それに重なるように、田んぼに住んでいるのであろうアマガエルの声が重なる。沢木が隣で、居心地悪そうに身じろぎをしたのが分かった。けれど、やっぱり何も言わない。
 ただ、不自然な沈黙だけが過ぎていく。
 ふいに。ふわりと、小さな光の塊が目の端を通り過ぎていった。珍しいことなどない。ここら辺は水が澄んでいるから。都会のようにわざわざ森の奥まで行かなくったって、夏になればこんな光景は当たり前だ。
 だから、当然のように僕はそれを見送ったのに。
 「・・・・・っ!」
 勢いよく立ち上がった沢木の手の中から、炭酸を含んだ水が跳ね上がって沢木の手と膝を濡らした。
 「沢木?」
 声をかけても、沢木の視線はふらりと浮かぶ小さな光に奪われてこちらを見ない。光は、しばらく宙を漂った後、水際の草の中に消えるように隠れていった。けれども、沢木の視線がそれから外れることはない。
 「ホタル・・・だね」
 「あっ・・・・」
 僕の声に、沢木の肩の力がようやく抜けた。
 「・・・・・ホタル」
 「うん」
 「・・・・・・・・そっか」
 どこか寂しそうにつぶやいた声が降りてくる。何と見間違えたかなんて、聞かなくても分かっていた。
 「俺、ホタルってちゃんと見たことがないんだよな・・・・・」
 体に掛かった水滴を払いながら、沢木はまた僕の隣に腰をかけた。
 小さな光の塊が、徐々にその数を増やしていく。どこに潜んでいたのか、淡い点滅を繰り返しながら。
 「いっつもさ、夜はあいつらの光ばっかでうるさくて・・・」
 きっと、沢木の目に映る世界ではあんなか弱い光なんか目に入らないのだろう。命を灯らせながら、必死に輝く光であっても。
「だから、夜がこんなに暗いってことも知らなかったし、ホタルがあんなに頼りない光だなんて知らなかった」
沢木の口から、彼らの話を聞くなんて久しぶりだ。小さな頃は、なんどもなんども聞かされた。今では、僕にも決して語られなくなったこと。
 「俺、知らないことばっかなんだな」
 そう呟いて、沢木はもう温くなってしまった炭酸をようやく口に含んだ。
「あの・・・さ・・・」
手のひらの中でまた缶をもてあそび始めながら、ちらちらとこちらへ視線を向ける沢木の言いたいことを僕は知っている。
「なに?」
作品名:夏虫の夢 作家名:霜月十一