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夏虫の夢

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「お前、今日・・・3組の柳下に・・・・・こっ、告白・・されて・・・たろ」
夜目にも分かるくらい赤くなった沢木は、まるで重大ごとのようにそう言った。
「・・・あぁ、うん・・・・・見てたの」
柳下さんは、きれいな黒髪を背中まで伸ばした才女だ。頭もいいのにそれに驕ることなく人当たりも良くて、いつでも可愛らしい顔をにこにことさせてみんなの中にいる。そんな子だった。
「わっ、わざとじゃないからなっ!!帰ろうと思って、裏門向かったらおまえ等がいて・・・・それで・・・」
必死に言い募る沢木を落ち着かせるように頷く。
「分かってるよ」
ほっとしたような顔になって、けれどもやはりどこか気まずいのか視線はまた手元に落ちた。
「・・・・付き合うのか?柳下と」
「付き合わないよ」
あっさりといった僕に、沢木は驚いたような目を向ける。
「えっ!?」
それに、僕はにっこりと笑って見せた。
「だっ、だってお前っ!!柳下って、男にすげぇ人気あって、女子からも結構好かれてて・・・・っ!」
「うん。でも付き合わない」
人事なのに慌てる沢木に、きっぱりと言い切る。そんな僕に、しばらく目を泳がせていた沢木は視線をそらすように下を向いた。
「だって、お前・・・・」
言いよどむように、何度も口が言葉を発しようと開いてはまた閉じる。
それをしばらく繰り返した後、ようやくか細い声が耳に届いた。
「・・・・・・・・・ありがとうって」
ぺコンと、アルミの缶が少し凹んだ音がする。
「ありがとうって、言ってたじゃないか」
消え入りそうな語尾を聞き取って、僕は小さくそれを肯定した。沢木の肩がわずかに震える。けれど、
「好きになってくれてありがとうって言っただけだよ。その後、ちゃんと断った」
言葉の続きを繋げれば、恐る恐るといったようにゆっくりと沢木の顔がこちらを向いた。
「そっ、か・・・・」
視線が合う。いつもと変わらない笑みを浮かべる僕を見て、沢木のほほがようやく緩んだ。
「そだよな。まだ、俺らには女とか早いもんなっ!」
「まだ僕は、沢木と遊んでた方が楽しいよ」
「おう!俺も、蛍と話してた方が楽しい」
にっ、と沢木がはにかんだような顔で笑う。
でも、柳下はやっぱもったないよなー。お前、だから男ににらまれんだぞ。
そうやって僕にしたり顔で話す沢木には、さっきまでの憂いはなかった。
ごめんね、沢木。
本当は、沢木がそこにいたこと知ってたんだ。
だから『ごめん』の前に『ありがとう』って言ったこと。君はきっと気付いてないよね。
淡い光がちかちかと瞬く。
沢木が見ている世界は、いつもこんな美しくも儚いものなのだろうか。
闇を舞っていたホタルが一匹、引き寄せられるようにジュースのかかっていた沢木の手に止まった。
「ホタル・・・」
「うん」
「・・・・・お前と、おんなじ名前だな」
「・・・・うん」
「そっか・・・こんなに、きれいなもんなんだな」
それに答えを返す前に、小さな光はまた群れの中へと飛び立っていった。









結局、数日後には沢木の菌を見える力は戻っていた。
沢木の夜が戻ってきたのだ。
うるさいといいながらも、どことなく嬉しそうで。でも一瞬だけ・・・もうあの景色は見れないのだと寂しそうに笑った。
光に囲まれた沢木の世界では、あの微弱な光が沢木の目に留まることなどないのだろう。
それでも、それを惜しいと思ってくれるのならば。
 どうか忘れないで欲しい。気付いて欲しくて・・・必死で君の目に留まろうとする小さな光のことを。
 
どうか。
作品名:夏虫の夢 作家名:霜月十一