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おちる天体

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学生時代、何度も交わした逢瀬は、まるでそれ以上の距離に踏みこめば何をされるかわからない。何が起こるかわからなくて遠ざけてしまったような距離で行われた。
遠くから、とても遠くから、呼んで、叫んで、ときに哀しくて、電子音のやすっぽい声で、でも、届くように届くように、…その音は、声は真空をさまよい確実に届くのだ。
それはきっと届く。それは、きっと、届いた。何度も。
それだけが恋だともいえた。それしか恋とは呼べなかったのかもしれない。
そして、それだけが、体の逢瀬よりも貴く思えて、俺はその遊びをやめられずいた。

冬の寒さで凍りつきそうなあの日も、何を求めてかメモリを探って、電波を通じて。
けれど、冬はやってきていた。体を蝕むような冬は。

***
――――――。
ぷつん、と呼び出し音が途切れて、俺は、彼が携帯を耳に運ぶ前に、もっというなら、呼び出している相手の名前さえ見ずに電話に出たことを知っていやらしくも楽しげに、口もとをほころばせた。
『ねぇシズちゃん、いいのそんなんで。』
俺は思う。電話に出るくらいには学問に飽きてしまってるんだな、面白いな、馬鹿だな、救えないほどに。
だが、俺がやぁ、と一言発すると彼は携帯を耳から話して指で通話を終えるボタンを押そうとするので、ああ待ってくれ、と割と必死で頼まなければならなかった。随分嫌われたものだ。嫌われたくて嫌われているわけだけれど。俺はふ、と自嘲した。話は訊いてくれる、一応。
こういうとき、携帯電話は全くして便利なものだなぁと思う。遠い相手を近くに召喚し得るときもあり、近い相手を遠いと錯覚させる効果さえ持っている。呼び寄せる道具なのだ。届かない声を召喚する。そういう代物だ。彼が着信音に気付いたのに盛大に噴き出し、やぁ勉強は進んでいるかい?と皮肉にもこたえのわかっている問いを繰り出すのだ。静雄は唸って何か怒鳴るのだが、その頃には俺の耳からその声を発しているものは遠くに隔離されている。学習しない生き物はあの男だけなのだ。その、学習しない男が、真面目にも補習というものに出、かつ誰もいない教室でない頭をひねらせているというのは観測しないではいられないほどに面白く、退屈させないものであった。彼は人間とは呼べないが、俺にとってもっとも興味深く、厄介で扱いに困る化け物だった。
愛していると言ってもいいかもしれない。俺はふと、そんな思考をめぐらせたことがある。鳥肌の立つような議論でも、はっきりせず、未解決で置いておくには自分はこの男とかかわりすぎていた。足をぶらん、としながら、彼が教室で一人激昂しているのを至って楽しそうに観察する。彼に一度だって愛していると言ったことはない。そして、自分もこの感情を愛だとは決して認めない。認める根拠は寸分たりとも存在しないし、存在することを許せない。
形になって現れないものは愛だと呼べるだろうか、何をもってして愛と呼べばいいだろうか。
俺は、人すべてを愛すると言った、または思考したこの脳で『今更何を?』なことを考えている。愛とは何か、鳥肌の立つような気色の悪い話題だ。高校生であるからこそ許されるような。
『消しゴムないの?』
俺は周りをきょろきょろしている静雄に一言、そう言ってやった。
『そんな探し方じゃ永劫見つかんないよ?』
歯ぎしりの音がなった。ようやく気付いたか、ああ、ここもそろそろ危ないなぁ、まぁ、彼に気付かれたくて発した言葉であることはもはや否定する余地さえ残されていないのだけれど。
彼は俺を見つけるのに関して、犬のような嗅覚をもっている。そして何をも犠牲にして俺を探し、俺のために、その脚を使って俺を殺しにくる。
『実に愉快!』
俺は転げまわって笑うくらいには結構あいつのこの性質を好んだ。
俺が静雄の後ろからじっとぴったりくっついて歩いて行ったらあいつはどこまで俺を探しにいくのだろう、おかしくて涙が出そうだ。たぶん、途中で飽きたりしないでずっと探す。俺の匂いが近くにあることを、あいつは感じとれるから。それは劣化したり、慣れてなくなったりしない、俺の気配を一番敏感に感じて一番執着するのがあいつだ。
「シズちゃんのそういうところほんとね、」
こんなに寂しい場所だから言えるのだろうか。あるいは言わないままそのまま封印を?
「帰ったら?帰ろうよ、こうやってしゃべってる内はきっと勉強なんてできないさ。」
くすくすと俺は笑った。この笑い、一番彼を刺激し、彼に俺を理解させる。彼はあたりをぐるっとあの悪い目つきで見渡した。俺はまるで銃弾を避けるように伏せる。
「どこにいる?」
「君がよく見える場所っていったらわかる?」
悪趣味め、という声が、言葉として発音されていないのに聞こえたように感じた。
「無意識の行動とか期待してたのにね。」
「そんなもんあってたまるか。」
「あーあ、つまんないや。」
「つまらせてたまるか。」
「そっか、そうだね、面白いねシズちゃん。」
沈黙して、やがて彼の怒りが溜息になったことを知る。俺は言う。
「おでん買って帰ろうよ。」
「勝手にお前がそうすればいいだろうが。お前んちの夕飯に俺には関係ないだろ。」
うん、そうだね、と臨也は言った。
「シズちゃんちって夕飯何かな。おでんかな。」
「んでそうなるんだほんともう頼むから100回死ね。」
「なんかよくわかんないけどごめんね?あと俺は死なない。」
俺は空にしゃべるたびに浮かぶ白いほわほわしたものを目で追って、冬はなんて暖かいのだろう、と思えた。これは楽しい応酬だった。冬の空を眺めた。冬の日は短い。暗くなっていく空をじっと眺めている。ふと、見つけられないことの寂しさを感じてしまう。
「俺は、どこにいると思う?」
俺がごろん、と転がって空を見つめ、つぶやいた。
静雄は答えない。それどころか電話は切れているように沈黙していた。寂しい空の沈黙が続いて、俺は携帯電話をそっと手から転がした。寝転がったままの姿で脱力していると、とても地面が冷たいことがわかったのに、それさえすぐに忘れた。この頬を撫でたならその手はとても温かいだろうか。彼はそうするだろうか。電話の向こうを出て、此処にぬくもりをくれるだろうか。
『ああ、シズちゃんの、足音だ。』
しゃべると寒くて歯がかみ合わないから言葉にしないでいることが正解なのだ。余計な言葉が形にならない場所がこんなに寂しくて暖かくて物足りなくておだやかだ。手を求める言葉は、言葉以外の空気で伝わる。死んだのか、というか死ねっと言って彼が俺の脇腹を容赦なく蹴った。俺は身を小さく畳んで痛みにこらえながら言う。
「はやかったね。」
「くっせぇからな。」
そっかそっかにおいか、さすが。
「それにしても、早く帰ろう?外は寒いじゃない。」
手を、手でつかんだ。頬に当てるまでもない。それはとても温かいものだった。
作品名:おちる天体 作家名:桜香湖