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【遙か3】緩やかに通じ合う

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「何を考えているんですか?」
 さらさらと流れる小川の水面に映る自分の顔を眺めている望美へ、穏やかな声が掛かった。望美の鮮やかな色彩を放つ髪を静かに揺らす風にも似たそれに、彼女は水面から顔を上げる。自分の右脇、そこに立っていたのは脳裏に描いていた人物と相違なかった。
「弁慶さん」
「どこへ行ったかと思えば……心配しましたよ」
 何も言わずに姿を消すから、と続く彼の声がどこか可笑しさを滲ませているようで、望美は微かに首を傾げた。何かおかしいことでも? そう促す自分の動作に弁慶は小さく手を上げると「いえ、何でもありません」とだけ返す。
 夏の暑さを忘れたような熊野の小川。辺りは今の時勢が戦時であることなど知らないように静穏だった。遠くで仄かに鳴く鳥の声、目の前で止め処なく流れる水の音、自分だけが存在する今、この空間。
「……嘘みたい」
「何がですか?」
「弁慶さん。私達、どうしてここに来たんでしたっけ」
「熊野水軍に協力を得るためでしょう」
「そう」
「望美さん?」
「そう、なんですよね」
 再び覗き込んだ水面、そこに映る自分はこの世界に来る前の姿と服装以外に大きな違いはない。それなのに、水面に反射する自分の表情はどこか疲弊を匂わせるものがあった。
 疲れているのだろうか、はたまた体調が優れないのだろうか。それとも、と望美はもう一つの可能性を心の中で呟く。
 羨ましいのだろうか。
「……忘れてしまいそうです」
「何を?」
「今が戦時だということもここへ来た目的も、……自分が神子だってことさえ」
「……」
「あっ、別に神子が嫌って訳じゃないんです。ただ」
「はい」
「ただ、この穏やかな景色が少し……羨ましいな、って」
「羨ましい、ですか」
「情勢も時世も何もかも忘れさせてくれるようなここの空気が。私、龍神の神子だっていうのに、戦をいつまで経っても戦を終わらせ」
 戦を終わらせられずにいる。
 そう続けようとした望美の口元を自分の隣に座り込んだ、弁慶の手がそっと覆う。決して強い力でないため、息苦しさはないがそれよりも望美の心を強く締め付けたのは目の前の弁慶の表情だった。
 弱音を吐いてしまった。
 すぐに後悔の念が自分へと押し寄せてくる。しかしそれを見越したかのように弁慶は笑って、望美の口元を押さえていた手を静かに引いた。
「君が羨ましがることはありませんよ」