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神月みさか
神月みさか
novelistID. 12163
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少年が壊れる音 ※本文サンプル

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 それでもやはり、不満はなかった。臨也と付き合い始めてから、それまでぼんやりとしていた世界がはっきりとしてきた。それだけで充分な意味があることで、正直なところ今すぐ終わったとしても帝人にとって得るもののある関わりだったと言えるだろう。

 平日の放課後、帝人はひとりで池袋の街を歩いていた。
 学校を出たときには園原杏里と一緒だった。けれども帰宅路が分かれたところで彼女とは別れてしまった。

 紀田正臣が失踪してから、帝人は杏里との距離を掴みかねていた。今この池袋で誰よりも大切な存在は彼女であると断言できるのに(臨也に向かって断言したら、お仕置きをされた)、親友が一緒にいたときのように自然に会話することさえ難しくなっている。

(いや、別に付き合いたいとか、そういうんじゃないんだけど。唯、もっとこう、正臣と三人でいたときみたいに――)

 本当は、放課後一緒に池袋の街を歩きたかった。
 けれども今の帝人はひとりきりだ。
 誘いを断られた訳ではない。誘うことができなかったのだ。

 こんなときだ。世界が曖昧になってくるのは。雑踏の中ひとりきりで、なにもすることができない、なんの価値もない、なんの意味もない自分を自覚する、こんなとき、自分が世界に存在しているのかすらわからなくなってくる。

(――臨也さん、に会いたいな――)

 帝人を見て、帝人を認識し、帝人の名を呼んでくれる。そんな存在を確認したくて、帝人は携帯電話を取り出した。

(――でも一昨日しつこく盛ったこと、まだまったく反省してないんだよね、あのひと。今ここで『会いに行ってもいいですか』とか言ったらまたつけ上がるよね……)

 臨也に甘え、依存してる自分を知りながらも、帝人は辛らつに考えた。それとこれとは問題が別だからだ。
 たとえキツく当たった所為で捨てられるようなことになろうとも、臨也と付き合い出す前に戻るだけのことなので構わないと既に割り切っている。

 結局携帯を仕舞って再び歩き始めた。

 特に行きたい場所がある訳でも、見たいものがある訳でもない。まっすぐに家に帰る気分ではなかったし、天気も良かったのでふらふらとしているだけだ。

 ふらふらと、ふらふらと。
 足取りと表情は普通に、けれどもどこか曖昧な空気を纏ったまま歩き続ける。ビルの合間から見える空は青くて、けれども狭くて、手が届きそうな気がする。

(空――あれ?)

 その空に、赤い物が見えた。高く舞い上がり、落下する、それは某有名会社のドリンク類を売る自動販売機のように見えた。

(――あ、れ?)

 ぼんやりと曖昧な世界の中に飛び込んできた、強烈な非日常。

 自販機が視界から消えて一拍置いて、激しい破壊音が聞こえてきた。その重い音からしてやはり今見えた物は発泡スチロールなどによる作り物ではなく本物の鉄の塊だったのだろう。

(空を舞う、自販機――)

 帝人は目に飛び込んできた非日常に向かってふらふらと歩き出した。







 ひしゃげて中身の飛び出した自販機の脇で、黒い青年が嗤っていた。

「――っぶないなぁ、こんなひと混みでそんな物投げるなんて、一体どこの無差別殺人犯? 俺の愛する人間を殺そうとするなんて、一体どこの化け物?」

 黒い青年から数メートルの距離を置いて、黄金色の青年が牙を剥いていた。

「テメエが避けなけりゃ他に被害なんざ出やしねえんだよ。大人しく潰されてろや、ノミ蟲が」

 既に池袋名物となっている戦争は、被害の大きさも知れ渡っている為に、皆遠巻きにして近寄る者はいない。
 それ故に、群集に囲まれたふたりの立つ場所は、まるで作られた舞台のように見えた。

「池袋には来んなって言っただろうが、臨也君よぉ……! 俺の目の届く範囲に現れなけりゃ、特別に見逃してやろうってんだ、それなのにのこのこ池袋に現れやがったってことは、俺に殺してくれって言ってんだよなぁ……!?」
「そんな訳ないじゃない、大事な用があって来たんだよ。まったく、シズちゃんなんかに構ってる暇なんてないっていうのに、ホント邪魔。邪魔にしかなんない。もう死んじゃってよシズちゃん。生きてても意味ないでしょ」
「テメエが死ねやぁああぁあ!!」

 路面から引き抜かれた道路標識が空を裂く。当たれば人間ひとり簡単に両断されるであろう攻撃は、紙一重のところでかわされた。と同時に投じられた二本のナイフは、道路標識によってあっさりと叩き落される。そして逆に標識が槍投げの要領で投げ返され、本来必要のない場所に突き立った。

 空を切るなにものであろうとも、自分の方へと飛んできたならば避けようがないかもしれないというのに、それでも野次馬が減らないのは、自分だけは大丈夫だという傲慢な錯覚か、映画でも見ているような非現実感によるものなのだろう。

 しかし近づくような馬鹿はさすがにいない。
 都会のど真ん中で繰り広げられる非現実的な活劇は、主演のふたりだけの独壇場だ。他の人間はなす術もなく見守るか、災害が及ばないように逃げ隠れするしかない。

 そんな群集の輪の中から、ひとりの人間がふらりと舞台へと上がり込んできた。

「――ちょっ……!」

 その姿を見て、臨也の余裕のある笑みが崩れた。

 闖入者はゆっくりとした足取りで舞台の中央へ――つまり凶器を振りかざし合ったふたりの方へと歩いてくる。その歩みも表情も極普通のもので、危険のど真ん中へと向かうものではない。

「チッ……!」

 どこの馬鹿だ、と静雄はガードレールの一部を路面に叩きつけてその人物を睨み付けた。
 臨也が人間を愛しているなどという戯言は信じたことはないが、無関係な相手を巻き込みたいとは静雄も思ってはいない。

「死にてえのかテメエ……!」

 一喝して逃げ出すならばよし、逃げないならば自ら望んで巻き込まれたがっているのだろうから構いはしない、そんなつもりで脅しの声を上げたのだが、そんな静雄の表情もまたその人物を見て崩れた。

 動きを止めたふたりの魔人の方へと歩み寄ってくるのは、どこにでもいそうな男子高校生だった。きちんとした制服の着こなしといい、脱色もしていない黒い髪といい、真面目そうな雰囲気といい、非日常の舞台には殊のほか不似合いな人物だ。
 いや、そんな少年が破壊と抗争の場に立っている、そのことこそが最も非日常的な光景にも思えた。

「―――」

 静雄の唇が震えるように動いた。りゅうがみね、という言葉を形作ったそれは、しかしなんの音も漏らさなかった。
 声を発したのは臨也の方だ。

「帝人君! 危ないから下がってて!」

 臨也はナイフで静雄を牽制しながら少年へと駆け寄った。そして左手で細い肩を抱いて静雄と逆側へと庇うように追いやる。

「駄目だよ、まったく非日常好きにも程があるんだから! お願いだからたまには身の安全とか俺の心配とか考えて欲しいなあ! 帝人君と付き合ってると俺の寿命がどんどん減っていく気がするよ、ホントに!」

 臨也の言葉に、帝人はなんの反応も示さなかった。まっすぐな瞳をもうひとりの青年に向けて、静かに立っている。
 そのことに気づくと臨也は、自らの立ち位置を変えて帝人の視線を遮った。