冷たい博愛主義者
ものすごいかまくらを作りたかったのだ。
後日ディーノは豪語した。
だって雪が腐るほどあったんだ、って言いのけた。腐った雪とは非常に哲学的だが、発言者を見ちまえば、ハ、戯言を。に尽きる。
確かに、都内である並盛に降った雪はものすごかった。犬みたいにはしゃいじまうアホが出るくらいにはものすごかったのだ。
夜のこと。
さむいねえ、10月なのにさむいねえと、沢田さん家の子どもたちは寄り添っていた。ぎゅうぎゅう。縁日に出てるひよこみたいに、みんなはおしくら饅頭状態だ。
さすがにまだ、こたつは押し入れの奥でおねむだ。必然的にみんなはひっつき虫になった。半纏を羽織る子、ママさんの愛がつまったマフラー巻く子、ブランケットにす巻きにされてる子。さむがりの綱吉なんかは、ワイン色のローブを被って、もこもこレッグウォーマーに手袋って完全武装だ。
みんなはそれぞれぽかぽかする手段を選んで、そんで、居間でひっついてた。
テレビじゃあハロウィンがどうの、カボチャがどうの言ってやがるが、なんだか録画ビデオを見返すみたいに違和感だ。ホワイトクリスマスどころかホワイトお彼岸になっちまうぜ。
「しくじったー…今いちばん過ごしやすい時期だと思ってたから、半袖しか持ってきてねえよ」
「地元民としてもびっくりです。災難でしたねえ」
さむさむ、って呟いてディーノは綱吉の肩に頭をのっけた。小さな背中に張り付いる、この人形みたいな美形さんは、年不相応にうさみみの帽子をかぶってる。だってのに似合うもんだから、美人てのは偉大だ。
空色ストライプ半袖シャツに、ワッペンの着いたチョコ色のベスト。上等なもんなのはわかるが、確かにうっすい生地だ。さむかろうよ。
大義名分を得た綱吉も、この憧れのひとにひっついた。
さむいです、さむいですもんね!って。
はにかむ綱吉にディーノも笑った。
沢田さん宅の子どもたちも、似たような姿勢(ビアンキ姉さんと先生なんかは特に)だったのできゃっきゃしてる二人もまぎれた。
夕飯後。なんとなしにカーテンをしゃらしゃら開た綱吉はたまげた。窓の外には、見慣れない光景が目に飛び込んできた。
「やっべえ!みんな、雪!雪降ってんよ雪!」
「雪!ほんとだ!雪だ雪っ」
「おわ~なんか落ちてきてるもんね。変なのー」
「雪だってばランボー。ふわふわした氷。ほら、喫茶店でかき氷食べたでしょ。あんなんだよ」
「かき氷?フウ太あ、雪、食べられる?」
「あー!食べたいよね、ね!ツナにい」
「都会の雪なめんなー。腹こわすぞ。アイス買ってきてやるからやめとけ」
きらきらおめめの二人に適わず、綱吉はそう言っちまったら間髪入れずに「私ハーゲンダッツ。ドルチェモンブラン」「俺はクリスピーのほう。エスプレッソのやつ」って聞こえてきやがる。
綱吉は窓の外を見た。
すでにこんこん降りどころか、斜めに降り注いでたけど『今行け』って、綱吉の背中に置かれた先生のお御足が言われていたので腰を上げた。
いいんですいいんです、俺はね、今すごい浮かれてんの、先生。
「またお前らはー。
つな、俺も着いてくぜ」
絶対そう言ってくれることを綱吉は知っていたし、
(雪がひどくなればいいのに。飛行機なんてずっと止まっちまえばいいのに。)
迷惑な話だが、10分でも20分でもいい。天候で交通が遅れるだろうと思うと嬉しかった。
いっしょに居られるだけで、もう本当に、腹の底がこちょばゆいくらいの幸せにおそわれるんだよ。
そして事件はおきた。
事故というには相応しくない。
なにせ、本人共には大いに反省を要求したい出来事だ。
『ものすごいかまくら作りたい!作ろうぜ!』
無事アイスをお使いできた帰り道。レインコートを羽織ったディーノは言いのけた。
雪は早々と、5センチは積もってるから気持ちはわかる。
しかし寒い、寒いのですよ。
風邪ひきますよ?、
アイス冷凍庫にいれなきゃあ、とたしなめたが、『ひかないひかない』、『アイス溶けたくても溶けらんねえって』って言われちまった。
なにせ綱吉はディーノさんには甘い。お互い様だけど、そりゃあ、じじいと愛孫くらい甘い。
仕方なしに、この豪雪の中、子犬みたいにはしゃいでるディーノを見守る。
見守っていたのだけど、突っ立ってるだけってのは本当に寒いもんだ。爪なんか真っ青になる。凍え出した綱吉は、仕方なしに彼のかまくら制作の手伝いに入る。
そんで、謎のテンションが訪れた。
一体シャベルもなしに、どうやったのか。部下のいないディーノがどれほど奇跡を発揮したってのか。
二人は三メートルはありそうな、天井の馬鹿高いかまくら作り上げた。
『城だろ!城だろこれ!つな、みんな呼んでこようぜ!』
『城でしょう!城以外ないもん、呼びましょう』
『あ、』
『…れ?』
どじっこ奥義、「何もないとこで転ける」を発揮したディーノさんは、壁に着地した。おかしな表現だが、事実で、かまくらの壁に着地しちまった。
びっくりするくらい一瞬で、かまくら城は崩れ落ちた。三メートルの大作だ。雪崩でしかねえよ。
何時間も没頭して動いてた二人に、ずっしり重い雪をはねのける余力はなかった。完璧に生き埋めだ。だけど、とっさにディーノは綱吉を庇うみたいにかき抱いていた。二人はひとりじゃあなかった。
(都会で雪崩に合い死ぬって、頭悪すぎるだろ)
まったく笑えない。
冷たくて痛い。息が出来なくて苦しい。雪が重たくて潰れそう。
なにより、悔しい。
息をするのがやっとで声はでない。止めようかなとも思う。貴重な酸素だ。自分より一秒でも長く、生きててほしい。
ぎゅう、と布の端を掴む。多分に彼の服の裾。そんな接点さえ愛おしかった。