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もつれた糸

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宙を見つめる眼差しの柔らかさに、プロイセンは月日の経ったことをまざまざと思い知らされる。
その翡翠色の濃淡が美しい瞳には、もうあの頃のような荒削りの、強くなりたいとただ願っていた野心の炎の揺らめきは見られない。
けれど変わらないのは、あの頃でさえ時折見せていた優しい光だった。
あの頃、その光を見出すたびにプロイセンは相手が自分とは違うのだということを敏く感じ取り、そして戸惑っていた。
それでも自分に向けられた相手の屈託の無い笑みを見ては、まだ大丈夫だと安心していた日々は、もう遠い。
霞む記憶の中でも、一際輝きを放つ思い出は、今も尚プロイセンを捕らえたままだった。
どうしても伝えられない想いは、年を重ねるほどに曖昧になりがちで、やがて風化していく。
このままどうか朽ちていって欲しいと願っても、それが叶えられる日が来ないことをプロイセンは知っていた。
相手の瞳を見るたびに、褪せた色はやがて色彩を取り戻し、プロイセンの胸を苦しめるのだ。
 プロイセンの視線に気付いたハンガリーの顔は、穏やかなものから眉根を寄せた顰め面へと変わっていく。
その変化に、プロイセンはわざとらしく顔を背けた。
「何?何か用でもあるの?言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよね」
 きつい声音に思わず舌打ちをすると、さらにハンガリーの機嫌が降下していくのが声色で分かった。
「なんでアンタはいつもそうなの…」
「あーあーうるせーうるせー!」
 止め処なく続きそうな気配がしたハンガリーの小言をプロイセンが大声で遮ると、やがてハンガリーの口から漏れた言葉に、
プロイセンの胸に予想だにしなかった棘が刺さったような気がした。
「まったく…少しはオーストリアさんを見習ったらどうなの…」
 ちくりと疼く胸の痛みに気付かないふりをする。それがプロイセンの精一杯の虚勢だった。
弱いところをみせたくないのはプロイセンの意地だったが、相手がハンガリーならば尚更で、やがて引っ込みがつかなくなる。
そうやって、次第にもつれた糸が解けなくなって、未だに素直になれないままだった。
 できることならいつかの、あの笑みをもう一度自分だけに向けて欲しい。
胸に秘めた願いは、いつも自分のせいで遠ざかる。
けれど心の何処かで、今のままでもいいとプロイセンは思っていた。
作品名:もつれた糸 作家名:たかな