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和(ちか)
和(ちか)
novelistID. 11194
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争奪戦

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菊は入り組んで模様のようにすら見える線を眺めながら腕を組む。
しかしどれほどじっくり見詰めてみても地図上の絵のどの線が自分のいる道なのかは分からなかった。
辺りを見回してみても近くに交番は見つからず、かと言って不用意に歩き回れば今度はこの場所に戻って来る自信がないとなるともう二進も三進も行かずに首を傾げて唸る。
その時、後ろから視線と気配を感じるのに気づいて振り返ると背後に立っていたのは癖の強い黒髪と陽気そうな笑顔が印象的な男性だった。
目が合った瞬間にっこりと笑うその背後に太陽でも見えるんじゃないかと思うほど、その人は輝いて見える。
思わずぽわんと見蕩れていると男性がふにゃりと微笑んでこちらに屈みこんできた。

「どないしたん? 道に迷ってもうた?」

聞かれてハッと我に返り改めて地図を見てみるが、やはりそこには相変わらず複雑な絵が描かれているだけだった。
思わずがっくりと肩が落ち、失望の溜息が漏れる。
これは完全に道に迷ったと落ち込んでいた時、ふと押し殺した笑い声が聞こえてくるのに気づいた。
勿論、笑っているのが誰かは薄々察しているのだが。

「あの……」
「ごっ、ごめんな。
 なんか仕草が動物のちっこいのとか小さい子に似とってかわえぇなぁと思うて……」
「いえ、こちらこそ無視したようになってしまってすみません……」
「別に気にせんでえぇよー、それで何処に行きたいん?」

からっと笑った青年が私越しに地図を覗き込む。
そのついでのように肩に手を置かれたのが気になったが、何も言わないことにした。
男同士でそんなことを気にするのもおかしいし、きっとラテン系の方のノリなのだろう。
じっとこちらを見詰める彼に微笑んで地図上の行きたいお店のある地区を指し示す。

「ここなのですが……」
「あー、ここら辺は道が入り組んどって分かり難いよなぁ……。
 うんとぉ……まず俺らが今居んのはここでぇ……」

言いながら指した場所は目的地からそう遠くは無かった、と言うか近かったがどの道を通ればいいのか分からないくらい道が沢山あった。
しかも各々が色々な方向へ行く道と交差している。 全く辿り付ける気がしない。
諦めかけた瞬間、脳裏にガイドブックに載っていた美味しそうな写真が浮かんだ。 食べたかったな。
肩を落とした私を見て哀れに思ったのか、青年に頭を優しく撫でられる。

「そんなに落ち込まんと」

慰めの言葉に頷いてふと視線を移すと、置いてあるはずの場所からキャリーバッグが無くなっていた。
見間違えだろうか。
一度目を逸らして再度見て、それでも見つからないのでくるりと周囲も確認する。

「えっ……?」
「ん?」
「あれっ、キャリー……」

きょろきょろと辺りを見回しても見つからず、混乱して涙が滲む。 嗚咽が零れそうになって唇を噛んだ瞬間、隣の青年が大声を出した。
私が見上げたのを確認してから真っ直ぐに道の向こう側を指し示す。
その指先を追っていくと、物凄い勢いで私のキャリーを引きながら走っていく銀髪の青年の後頭部が見えた。
旅先でキャリーバッグをスられだなんて。 予想外の出来事にふらっとよろめき気絶しかけた私の手を引いて男性が駆け出す。

「はよ追いかけな逃げられてまうで!」

ぐいぐいと力一杯引っ張られて前のめりになりながらスリ犯を追いかけるが、運動不足の所為で段々足が重くなってきた。
三つ目の交差点を超えた辺りでついに息まで苦しくなってくる。
呼吸することにばかり必死になっていたので足元が疎かになり、不意にがつんと足に何かがぶつかって倒れ込みかけた私の腹部に圧迫感が襲った。
お腹に誰かの腕が回されているらしい。
慌てて起き上がろうとするが、相手の身長が高い所為か足が浮いてしまっていてバタつかせてみても爪先が空を蹴るだけだった。

「よう、アントン。 こんな可愛子ちゃんとおてて繋いでどちらに?」

ぐっと腕で引き上げられて胸に背を預ける形で地に脚を付けた途端、手を掴まれて今度はアントンさんの胸に飛び込む。
乱暴な行動に驚いて顔を上げると彼は不機嫌そうな顔で背後にいる相手を見詰めていた。
そして私の視線に気づいていない様子で腕を伸ばしてどん、と男性を突き飛ばす。
押された男性が痛、と言ってよろめいたような気配を感じた。
そっと背後を振り向いてみた先には光を受けて輝くウェーブの掛かった髪を風に靡せた端整な顔つきの男性が立ち、じっと厳しい顔でアントンさんを睨んでいた。
すらりとした身体や無精ひげが生えてはいるが美しい顔に見惚れていると、見ているのに気づいたらしくにこりと笑って小首を傾げられる。

「どうも、俺はフランシス。 で、こいつはアントーニョね」
「あっ、自己紹介すんの忘れてた!」
「そう言えば……あっ、私は本田菊と申します!」
「菊ちゃんかぁ、名前もかわえぇなぁ」

ぐっと屈み込み至近距離で無邪気に褒められて思わず頬が赤くなった。
これだからイケメンって奴は、流石普通の顔の人よりも年収が高くなる魔法が使えるだけのことはある。
火照る頬を押さえているときにふと気づいた。 私のキャリーバッグは一体どうなったのか。
慌てて銀髪の青年が走って行った方を見ると、曲がり角から顔だけ出してぶすっとした表情でこちらを見ている犯人がいた。
ちょっ、逃げないのかよと心の中で思わず突っ込みを入れる。
訳が分からず凝視していると、私の視線の先の人物に気づいたフランシスさんがあっと声を上げた。

「うわぁ、忘れてた……あいつ拗ねると長いんだよね……」
「勝手に近づいてくるまでほっといたらえぇやんか」
「いや、お前それは鬼畜すぎるってもんじゃないの」

二人の会話についていけず困り果てているとぽんと肩を叩かれる。
振り返るとキャリーバッグを隣に置いた銀髪の青年がむすっとした顔で腕を組んで立っていた。
後姿しか見えていなかった時は気づかなかったが、よく見るとこの青年もかなりの美形だ。
綺麗な緋色のつり上がった目にキラキラと光る銀色の髪に目を奪われ黙り込んでいるのを睨んでいると思ったのか、頭をガリガリと掻いてから突然ごめんなと謝られた。

「……お、俺ギルベルトって言うんだ。
 あの、これはちょっとその……からかってやろうと思ってさ……」
「は?」
「でっ、でもっそいつらだって共犯なんだぜ!」

そう言ってビシっと二人を指差す。
しかし何故か次の瞬間ビクっと身体を震わせて腕を後ろに隠し、そろりと視線を逸らした。
どうしたんだろう。 首を傾げてちらりと後ろを見てみるが、特に変わった様子は無い。
むしろ何故かじっと私を見ていたフランシスさんに振り向いてすぐ甘い笑顔を向けられて頬がカッと熱くなった。
男が男の笑顔見て顔を赤らめるとか気持ち悪いにも程があると思うのだが、仕方ない。 この人達がイケメンすぎるのが悪いのだ。
頬に手を当てて俯いていると、アントーニョさんがギルベルトさんに歩み寄って行った。
何をするのか見ていると徐に肩をガっと掴んで耳元に顔を近づける。 麗しい男同士が至近距離で内緒話だなんて、絵になりすぎて私はどうしたら良いやら。
ふとその様子を食い入るように見ていた私の両肩を後ろに居たフランシスさんが掴んだ。

作品名:争奪戦 作家名:和(ちか)