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愛してると言ってくれ

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一度の過ちが悲劇を生むなんて有り触れたことなのだと僕は知ってしまった。
(悲劇?いや、喜劇かもしれない。少なくともあのひとにとっては)
冷たい風が頬を打つ。冬に片足を突っ込んだ季節の海には人っ子ひとりおらず、帝人はぼんやりと波が立つ海を眺める。別に海が好きでもないのだけれど、何となく行きたくなって気が付いたら灰色の雲が反射する暗いだけの海に来ていた。
傍から見たら自殺志願者に見えるかなと、どうでもいいことを思いながら、その手は無意識に下腹部をさする。
そこには帝人以外の命が宿っていた。
帝人は16歳だが世間的には結婚できる年齢だし、今のご時世若い母親はけして珍しくはない。なのに背徳感がついてまわるのは、その命の半分を担った相手のせいだろうか。
折原臨也。男としては極上の相手かもしれないけれど、人間としては皆が皆口を揃えて言うほど最悪な男だ。しかしその男が帝人に種を植え付けた張本人だった。
男と帝人は曖昧な関係だった。好きだとか愛してるだとか吐いて捨てるほど聞かされていたけれど、帝人は本気だと思っていなかった。甘い言葉を言うその眸が、いつも裏切っていたから、帝人は男が吐く愛に溺れずにすんだ。それなのに抱かれてしまったのは、帝人が男を好きだったからだ。好きだから抱かれてもいいなのか、抱かれたいぐらい好き、なのかはよくわからないけれど、その過ちとも言える行為で、帝人は命を宿してしまった。
元々、生理不順だった身体だ。どのような周期で命を宿す準備ができあがるかは帝人自身ですら把握できていなかったのだから、男がそこまで計算して帝人に手を出したとは考えにくい。
(なら、悲劇か)
それにしては落ちついている自分に嗤ってしまう。現実感が無いからだろうか。でも、身体はもう命を生む為のものに作りかえられている。普通に食べていたものが食べれなくなったり、今まで手を出さなかったものを食べたくなったり、無意識に腹部を庇ったりと帝人はもう帝人だけの命ではなくなっていた。
唯一相談したセルティの恋人である新羅から堕ろさないのかと聞かれたが、妊娠が発覚した時からそのつもりは毛頭無かった。望んで、ではないが、愛した男の子供だ。戸惑いの中で覗いた歓喜に帝人は少しだけ泣いた。
(結局自分もただの女だということだ)
しかし臆病でもあった帝人は今、こうしてたった独りで愛した男の子を産もうとしている。闇医者とその恋人からは家にくるといいと有難い申し出があったが、帝人は首を縦に振らなかった。己のせいで、男と彼らとの間に余計な亀裂をこれ以上残したくはなかった。せめて安心して子供を産める環境だけでも用意させてくれと言われ、その厚意には甘えさせてもらった。悔しいが、帝人はまだ子供だから、やれることも限界がある。その代わりに子供が産まれたら会いに来てと笑った2人に帝人はきっと一生頭が上がらないだろう。
親にはもちろん連絡をしたが、父親からは勘当の言葉、母親には泣かれてしまった。それはそうだろう。娘の我儘で渋々東京という都会に出して、そうしたら妊娠したから学校辞めるとかそんな連絡受けたら、誰だってそうなる。誰の子供だと言われ、帝人は名を口にしなかったが、好きな人の子だということだけを告げた。後悔はしていないということだけは知っていてほしかった。それから電源を切った携帯電話は当たり前だが沈黙を守っている。
正臣や杏里とも、連絡を取り合っていない。心配してるだろうなと思う。本当に親不幸で友達甲斐のない人間だ。そんな自分はきっと誰からも見放されて、独りぼっちになるのだ。
(せめて、この子にはそんな想いさせたくないなぁ)
片親でしかも未成年の親から生まれて、きっといつかは子供を哀しませることがあるかもしれないけれど、不幸にはさせたくはない。
これが親の気持ちなのだろうか。
おかしくて、笑いたくて、笑おうとしたけど冷たい風で強張った頬は上手く動いてくれなかった。砂浜に腰を降ろせば、冷えた砂に肌が抗議する。
「・・・寒いなぁ」
ひとりごとは風で煽られて海へと吸い込まれていく。
泣いてもいいかな。
今はひとりだし、誰も見てないし。
いいかな、――――いいよね。
きゅうっと喉が鳴って、目の奥が熱くなる。視界が一瞬にして歪み、伝い落ちたのは今の今まで流すのを止めていた、涙。蛇口を捻ったようにぼたぼたと砂に落ちては消えていく涙を、霞む視界で見つめながら、帝人はもう一度「寒い」と呟いた。


「この時期の海は寒くて当たり前だろ」


返ってくるはずのない応えに涙は止まった。
こくりと息を呑んだ、帝人の視線の先には、灰色の世界でぽっかりと黒く浮き上がったシルエットを創り出すひとりの男。ざくり、ざくり、と砂を踏む音がどんどんと近づいてくる。帝人はようやく寒さで固まった身体を自覚し、悔んだ。逃げることすら、できない。
「やあ、帝人君。久しぶりだね、元気だった?――俺がいなくても、さ」
帝人の数歩手前、それでも帝人が僅かに身動ぎすれば簡単に捕まえられる距離で、見下ろす男。その眸の酷薄さに背筋が震えた。
「・・・何、その顔。そんなに俺がここにいるのが信じられない?ああ、それとも薄情な君は俺のことなんかとっくに忘れちゃったのかな?一度とはいえ、セックスまでした男を」
つりあがる口端。
からかいまじりの声。
軽薄な言葉。
けれど彼の目は笑っていなかった。
「いざや、さん」
「なーんだ、ちゃんと覚えてるじゃない。まあ、これで本当に忘れられてたら、君をこの場で犯して今度こそ身体と心に俺の存在を刻みつけてやったけど」
「・・・・最低です」
「俺を捨てた君には言われたくないなぁ」
捨てた?この人はいったい何を言っているのだろうか。
捨てる捨てられるといった関係ではなかった。もし、そうだとしても、いつだって帝人が捨てられる側で、この人は捨てる側だったはずだ。
かあっと血が昇るのを感じる。愛してもいないくせに。
「僕と貴方は、そんな関係じゃありません」
「セックスまでしたのに?」
「それだけで特別な関係になれるのなら、世の中恋人だらけですよ」
「意外とスレたこと言うんだね、帝人君って」
誰のせいだと口にしかけて、止めた。じわじわとせり上がる焦燥にも似た悲しみ。伏せた頬に刺さる視線が痛くて、苦しかった。
「・・・泣いたんだ」
本当に口にしてほしく無い言葉ほど口にする男だ。
帝人は無言を貫く。事実だけれど、頷かなかったのは帝人のちっぽけの矜持のせいだ。
「こんな辺鄙なところで、ひとり寂しく泣くんだね、帝人君は」
うるさいなと思う。捨てたとか理解できない誤解もどうでもいいから、さっさとこの場を去ってくれないだろうか。今度こそ、自分を見限って、大好きな人間達が暮らすあの混沌とした街へ戻ればいい。

「俺の前では、泣かなかったくせに」
「――――ッ、」

肩を強く押され、背中から砂地へと倒れ込む。
衝撃は砂に吸収され痛みは無い。
しかし、帝人の細い肩に食い込む手の強さが、酷く痛かった。

「なに、を」
「ねえ、何で俺を見ないの?ああでも、いつだって君はそうだったね。どんなに愛したってどんなに甘やかしたって俺を見ない。傷付けても離れないくせに、君の心は俺からいつだって遠い・・・・!」
「っ、」
作品名:愛してると言ってくれ 作家名:いの