愛してると言ってくれ
ぎりぎりと締めあげる指の痛み。
やめて、いたい、どうして、
「愛しているのに、信じてくれない君が、俺はずっと憎かった!」
どうして、貴方がそんな顔をするの?
「心が駄目なら、身体だけでも先に奪ってやるって、君を抱いたのに、結局君は俺を捨てて、こんな知り合いも誰も居ないような場所に逃げた。それを知った俺がどんな想いだったか、薄情な君にわかる?わからないよな。君の姿も気配も無い部屋を見た俺の気持ちなんて、」
わかりっこないんだ。
首筋に寄せられた唇に帝人は忘れていた抵抗を思い出す。
「臨也さんだめっ・・・!」
「嫌だ!君はいい加減知るべきなんだ!俺がどんなに、君を好きか、愛しているか!!」
これは誰だ。帝人は瞠目した。
いつだって余裕たっぷりで嫌味たらしくて、気紛れに近づいてきたかと思えばあっさりと踵を返す、そんな他人の気持ちを弄ぶのをどうも思わない、むしろ快感とさえ感じている最低で最悪な男が、帝人の認識している折原臨也だ。
こんな、髪もぼさぼさで肌も荒れてて、いつも冷えた紅い眸を激情に揺らして声を荒げるなんて、そんなひとじゃなかったはずだ。
冷えているくせに汗ばんだ手が襟元から帝人の素肌を擽る。帝人が身をよじれば、肩を掴む指がさらに喰い込んだ。
「お願いだから待ってっ、・・・・臨也さん!」
「っ、いやだって言ってるだろ・・・!」
「違う、違うんです、臨也さんお願い、僕の話を聞いて!」
舌打ちが聞こえた。すると襟がぐいっと乱暴に開かれ、ボタンが弾け飛ぶ。やめてという声は覆いかぶさった唇で塞がれた。外の冷たさとは違う、灼熱のような舌が口内を荒らし、帝人の拒絶を尽く噛み殺した。滲む視界と霞む意識に諦めを抱き、このまま身を委ねたら楽になるのかと、瞼を閉じようとして、しかし臨也の男の人らしい大きな手が腹部に添えられた時、帝人は思わず叫んだ。
「いやだ!」
やめてやめてそこにはさわらないで僕じゃない新しい命をどうか、
ぐずぐずと泣く帝人を呆然と見降ろす臨也の手からふっと力が抜けた。
「・・・命って、」
ああ知られてしまったと思う気持ちと、もうどうでもいいと思う気持ちが帝人の中で渦巻き涙を溢れさせる。
「俺の、子供?」
今更取り繕う意味も無く、帝人は微かに首を縦に動かした。
ああこれでこの人も僕に興味を失って、今度こそ立ち去るのかな。
そういうひとだと帝人は知っていたけれど、それでもやっぱり帝人は臨也の全てをわかっていたわけじゃなかった。顔を掌で覆い隠していた帝人は気付けなかった。臨也の仄暗い色だった眸に灯った、ひとつの感情に。
「っ馬鹿じゃないのか、君は!」
怒鳴られたかと思えば、その身体を抱え上げられ、そのままの態勢で運ばれる。突然の展開に目を白黒させ、慌てて抵抗するも「落としたくないからじっとしてて!」と再度強く言われ、帝人は思わず抵抗を止める。
「君が、色々と無頓着で無神経だってことはよくわかってたけど、ここまで酷いとは思わなかった」
「なっ、そんなの臨也さんに言われたくないです!」
「妊娠してるのにこんな寒い、しかも冬の海とかでぼーっとしてる君ほど俺は酷くないはずだ」
「うっ、・・・それは、気分転換で」
「だったらもう少し場所を選べよ。室内で温かいところとか、・・・ああもう、だから君は目が離せないんだ」
「いざやさ、」
降ろされたかと思えば、ぎゅっと長い腕に抱きしめられる。ふわりと香る彼の匂いに思わず目の奥が熱くなった。
なんで、どうして、
頭の中を渦巻く想いに、臨也は今まで聞いたことがないほど、切実で余裕の無い音で告げた。
「―――愛してる」
「っ、」
「愛してるんだ、帝人君のことを。ずっとずっと好きで好きでたまらなくて、帝人君に触れる全ての者に帝人君を誰よりも愛してるのは自分だって言い触らしたいぐらい、俺は君の事を誰よりも何よりも愛してるんだ・・・!」
そんなの、そんなの貴方は一言も言わなかったじゃないか。
素振りすら見せてくれなかったじゃないか。
本当は貴方に近づきたくて、でもできなくて、だから最初から諦めた振りして傷付かないようにしていたのに。
「っいまさら、」
「・・・そうだね。わかってるよ、俺はいつもいつも君を裏切ってきた。でも君が、簡単に諦めるから、俺は悔しくて悔しくてたまらなかったんだ。何で、そんなすぐに諦めることができるの?俺は諦めれなくて、ここまで来たのに」
強くなる抱擁。
けれど、先よりもずっと優しい力に帝人はとうとう眸からほろりと涙を零した。
「簡単じゃないです・・・っ」
「みかど、くん」
「貴方を諦めるなんて、簡単じゃなかった・・!だって僕は期待とかしないでおこうって思ったのに、抱かれた時はほんとはすごく幸せだったっ!」
それでも背中に手を回せない自分の弱さに吐き気がして。
「赤ちゃんができたって知った時は、怖かったけど、・・・それ以上に嬉しかったんです」
これで、臨也さんとの繋がりを、持てたって。
しゃくりあげる喉が痛い。零れる涙を拭おうと手を持ち上げて、けれどその腕は臨也に奪われてしまった。その代わりに、涙を掬い取るキスが冷えた頬に落ちてきた。帝人は驚いて、けれどそれ以上に胸が苦しくて熱くなって、涙が止まらなかった。
「さいてぇですよねっ、僕、赤ちゃんを、利用しようとかして」
「うん」
「でも、やっぱりできません、でした」
「うん」
「愛してあげたくなったんです、僕と臨也さんの子を、僕の身勝手な想いに、振り回させたくなかった・・・っ」
「・・・うん」
いざやさんいざやさん、
帝人が名を呼ぶたびに、臨也は応え続ける。
ようやく、通じ合えた。そんな気がした。
「好き、です」
「・・・俺もだよ。俺も、愛してる」
帝人の涙と臨也の涙が触れ、共に零れ落ちた。
臨也が情けないねと笑った。
帝人はそんなことないですと笑った。
「今度は、君と俺たちの子を、愛させて」
涙交じりで鼻を啜りながら、けれど幸せそうに言う臨也に、帝人はこの時初めて彼の身体へと腕をまわした。
あの時出来なかった、彼へと応える、愛の抱擁を。
作品名:愛してると言ってくれ 作家名:いの