夏祭り
いつもは見ない、掲示板。今日は何故だか足を止めていた。
そこに貼られているのは夏祭りのお知らせ。一週間後に、マンションの近くにある公園で行われるらしい。第五回と書いてあるので、去年も行われていたのだろう。
しかし、キラにはこの近くの公園で夏祭りをしている記憶がなかった。
今のマンションに引っ越してきたのが去年の春。
確かに居たはずなのに、自分の中には祭りというものがなかった。
「あぁ、もうすぐなのか」
帰ってきたアスランに掲示板で見たことを伝えると、そんなことを返されてキラは驚いた。
「…なんて顔してるんだ」
「あ、いや…アスラン知ってたんだ」
「去年の夏、少し寄ったからな」
「うそ…」
「ココで嘘ついてどうする」
「…だって僕知らない」
「キラは去年のこの時期、追い込み時期だったからな…二週間近く家出てなかっただろ」
「そうだっけ」
「そうだよ。仕事するか倒れてるかのどっちかしかなくて心配だったから覚えてる。気分転換にお祭り誘おうとしたけど、ラストスパートかけてるときで誘いにくくて」
「うわぁぁぁぁ…」
アスランの言葉に、キラは去年の夏を思い出した。
急な依頼だったのだが、普段お世話になっているところからで渋々引き受けたのだった。
どうにかなるかと思っていたのだが、どうにもならなくてひたすらパソコンに向かって、知らぬ間に気を失って、また仕事をしての繰り返しだった。その事実だけは覚えているが、どんなことをしてたかの記憶は全く思い出せない。多分、思い出せないくらいに酷かったのだろう。
「…分かったか」
「あー…うん」
「覚えてないだろうが、俺が買ってきたりんご飴はしっかり食べてたぞ」
「…うそー」
「一応お土産に買ってたから、食べるか聞いたら食べるっていうから。だけど、その時だいぶ朦朧としながら食べてたから…覚えてないのも仕方がないだろ」
「…仕方がなくないよ!折角の夏の思い出なのに、全く覚えてないなんて…!」
「残念だったな」
最後の一言に、キラはがくりとソファに倒れ込んだ。
アスランはキラのそんな様子を横目で見ながら自分の部屋へと入っていった。
バタンという乾いた音に、何故だか切なさを感じる。
涙が出てきそうで両手で顔を覆うと、余計に悲しくなってきた。
しばらくしてドアが開く音と、近付いてくる音がきこえた。
顔を両手で覆っているので見えないけれども、その気配からアスランがすぐ近くに居るのは分かった。
大きな手がそっと頭を撫でる。
「…ごめん、キラ。言い過ぎた」
「………僕が勝手にこうしてるだけだから」
「今年は一緒に行こう?一緒に夏の思い出、作ろう」
「…うん」
アスランの優しい声に、冷たいものがじわりと温かくなっていった。
* * *
自分に対する嫌がらせなのではないかと思う。
夏祭りまであと三日となったところで、キラにメールが届いた。
そのメールは、去年の夏仕事を依頼してきたところからである。
その名前を見た瞬間に、キラはなんとなく嫌な予感がしたがメールを放置するわけにもいかない。
渋々メールを開くと、キラは直ぐにメールを見なかったことにしたいと思わずにはいられなかった。
画面には『お願い』と書いてある。普段からお世話になっているところだし、普通なら答えるべきなのだが、どうしても躊躇してしまう。プライベートと仕事は分けるべきだと分かっているし、これまでそうしてきたけれども、すぐに返事をすることが出来なかった。
きっと一人で夏祭りに行く予定であったのならば、夏祭りを諦めて了解しただろう。しかし、今回はアスランと一緒なのだ。彼と一緒に居るというだけで、キラにとっては特別な意味を持つ。
うんうんと悩んでいても解決せず、キラは覚悟を決めて電話を掛けた。
「…あの、キラ・ヤマトですけど」
「キラさんですか。アスカです」
「あ、シンくんか」
「どうしたんですか?何時も返事はメールなのに」
覚悟を決めて電話した先は、先程メールを送ってきた主であるシン・アスカにだった。
「…いや、あの今回は…」
「此方の方が、急に依頼したんですから謝らないで下さい。…でも、出来たらこの仕事はキラさんに頼みたいんですよ。了解の連絡がきてから、お伝えしようと思ってたんですが今回頼みたいのは絵日記なんですよ」
「…え、絵日記?」
変な声が出てしまったけれども、相手は気にすることなく話を続けた。
「はい。今、夏じゃないですか。小学生のときに、絵日記の宿題とか出ませんでした?花火だったり夏祭りのことだったり描いたりして…」
「夏祭り…」
「こういうこと言うの失礼かもしれないですが、キラさんって大人っぽいんですけど、どこか子ども心を忘れていないというか。だから是非頼みたくて」
「…でも、締め切りが…」
「急ぎとか書いてあったんですけど、あれは申し訳御座いません。嘘です。出来るだけ早く返信が欲しくてああやって書きました。本当にすいません」
「…そ、そしたら納期って…?」
「九月入って直ぐです」
「それってほんとう?」
「本当です。焦らせてしまってすいませんでした…!」
キラは自分の身体から力がするすると抜けていくのが分かった。ソファにすとんと座りこんだ。
そしてじわじわと、今度こそお祭りに行けるんだという気持ちが身体に拡がっていくのを、遠くでシンの声を聞きながら感じた。
「電気もつけずにどうしたんだ?」
パチンと音がしたあと、直ぐに明るくなり、キラは突然の眩しさに目を開けることが出来なかった。
アスランはキラの横に座り、何も言わずに横に居てくれた。
段々とその明るさに慣れ、横に居るアスランを見ると、にこりと微笑み返された。
しかし、その目には心配の色が浮かんでおり、キラはこういう時愛されているな…と、感じずにはいられなかった。
キラは、そっと口を開いた。
「…実は、今日仕事の依頼があったんだ」
「仕事…急のか」
「うん。…どうしようか悩んだ、だってアスランと一緒にお祭り行きたかったし」
「…キラ」
「だから、相手方に電話したんだけど…」
キラはそこで言葉を句切り、俯いた。アスランは、そっとキラの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、キラ」
キラは、アスランの言葉に顔を上げ首を傾げた。
「…何のこと?」
「何のことって、夏祭り行けなくなったんだろ?」
その言葉に、キラはきょとんとした目でアスランを見た。
「誰が?」
「………キラが」
「何時、そんなこと言った…?」
「…言ってはいないけど、そういうことなんだろ?」
本当ならば、アスランだってキラと一緒に行ける夏祭りが楽しみで仕方がなかったのだ。キラが残念だと思う気持ちも分かるが、アスランもショックでたまらないのである。
なのに、キラは何故だかきょとんとした顔でアスランに質問してきて、アスランには何を言っているのかが分からなくなった。
「…違うって!大丈夫になったの!」
「え…?」
キラはとても嬉しそうにアスランに伝えた。アスランは、キラが行けないとばかり思っていたので突然嬉しそうな顔で言われ、一体何のことを言っているのかが分からなくなった。
しばらく、二人の間に沈黙が続いた後、アスランはキラにガバっと抱きついた。
「行けるのか、キラ!」
「だから、そう言ってるじゃん」
そこに貼られているのは夏祭りのお知らせ。一週間後に、マンションの近くにある公園で行われるらしい。第五回と書いてあるので、去年も行われていたのだろう。
しかし、キラにはこの近くの公園で夏祭りをしている記憶がなかった。
今のマンションに引っ越してきたのが去年の春。
確かに居たはずなのに、自分の中には祭りというものがなかった。
「あぁ、もうすぐなのか」
帰ってきたアスランに掲示板で見たことを伝えると、そんなことを返されてキラは驚いた。
「…なんて顔してるんだ」
「あ、いや…アスラン知ってたんだ」
「去年の夏、少し寄ったからな」
「うそ…」
「ココで嘘ついてどうする」
「…だって僕知らない」
「キラは去年のこの時期、追い込み時期だったからな…二週間近く家出てなかっただろ」
「そうだっけ」
「そうだよ。仕事するか倒れてるかのどっちかしかなくて心配だったから覚えてる。気分転換にお祭り誘おうとしたけど、ラストスパートかけてるときで誘いにくくて」
「うわぁぁぁぁ…」
アスランの言葉に、キラは去年の夏を思い出した。
急な依頼だったのだが、普段お世話になっているところからで渋々引き受けたのだった。
どうにかなるかと思っていたのだが、どうにもならなくてひたすらパソコンに向かって、知らぬ間に気を失って、また仕事をしての繰り返しだった。その事実だけは覚えているが、どんなことをしてたかの記憶は全く思い出せない。多分、思い出せないくらいに酷かったのだろう。
「…分かったか」
「あー…うん」
「覚えてないだろうが、俺が買ってきたりんご飴はしっかり食べてたぞ」
「…うそー」
「一応お土産に買ってたから、食べるか聞いたら食べるっていうから。だけど、その時だいぶ朦朧としながら食べてたから…覚えてないのも仕方がないだろ」
「…仕方がなくないよ!折角の夏の思い出なのに、全く覚えてないなんて…!」
「残念だったな」
最後の一言に、キラはがくりとソファに倒れ込んだ。
アスランはキラのそんな様子を横目で見ながら自分の部屋へと入っていった。
バタンという乾いた音に、何故だか切なさを感じる。
涙が出てきそうで両手で顔を覆うと、余計に悲しくなってきた。
しばらくしてドアが開く音と、近付いてくる音がきこえた。
顔を両手で覆っているので見えないけれども、その気配からアスランがすぐ近くに居るのは分かった。
大きな手がそっと頭を撫でる。
「…ごめん、キラ。言い過ぎた」
「………僕が勝手にこうしてるだけだから」
「今年は一緒に行こう?一緒に夏の思い出、作ろう」
「…うん」
アスランの優しい声に、冷たいものがじわりと温かくなっていった。
* * *
自分に対する嫌がらせなのではないかと思う。
夏祭りまであと三日となったところで、キラにメールが届いた。
そのメールは、去年の夏仕事を依頼してきたところからである。
その名前を見た瞬間に、キラはなんとなく嫌な予感がしたがメールを放置するわけにもいかない。
渋々メールを開くと、キラは直ぐにメールを見なかったことにしたいと思わずにはいられなかった。
画面には『お願い』と書いてある。普段からお世話になっているところだし、普通なら答えるべきなのだが、どうしても躊躇してしまう。プライベートと仕事は分けるべきだと分かっているし、これまでそうしてきたけれども、すぐに返事をすることが出来なかった。
きっと一人で夏祭りに行く予定であったのならば、夏祭りを諦めて了解しただろう。しかし、今回はアスランと一緒なのだ。彼と一緒に居るというだけで、キラにとっては特別な意味を持つ。
うんうんと悩んでいても解決せず、キラは覚悟を決めて電話を掛けた。
「…あの、キラ・ヤマトですけど」
「キラさんですか。アスカです」
「あ、シンくんか」
「どうしたんですか?何時も返事はメールなのに」
覚悟を決めて電話した先は、先程メールを送ってきた主であるシン・アスカにだった。
「…いや、あの今回は…」
「此方の方が、急に依頼したんですから謝らないで下さい。…でも、出来たらこの仕事はキラさんに頼みたいんですよ。了解の連絡がきてから、お伝えしようと思ってたんですが今回頼みたいのは絵日記なんですよ」
「…え、絵日記?」
変な声が出てしまったけれども、相手は気にすることなく話を続けた。
「はい。今、夏じゃないですか。小学生のときに、絵日記の宿題とか出ませんでした?花火だったり夏祭りのことだったり描いたりして…」
「夏祭り…」
「こういうこと言うの失礼かもしれないですが、キラさんって大人っぽいんですけど、どこか子ども心を忘れていないというか。だから是非頼みたくて」
「…でも、締め切りが…」
「急ぎとか書いてあったんですけど、あれは申し訳御座いません。嘘です。出来るだけ早く返信が欲しくてああやって書きました。本当にすいません」
「…そ、そしたら納期って…?」
「九月入って直ぐです」
「それってほんとう?」
「本当です。焦らせてしまってすいませんでした…!」
キラは自分の身体から力がするすると抜けていくのが分かった。ソファにすとんと座りこんだ。
そしてじわじわと、今度こそお祭りに行けるんだという気持ちが身体に拡がっていくのを、遠くでシンの声を聞きながら感じた。
「電気もつけずにどうしたんだ?」
パチンと音がしたあと、直ぐに明るくなり、キラは突然の眩しさに目を開けることが出来なかった。
アスランはキラの横に座り、何も言わずに横に居てくれた。
段々とその明るさに慣れ、横に居るアスランを見ると、にこりと微笑み返された。
しかし、その目には心配の色が浮かんでおり、キラはこういう時愛されているな…と、感じずにはいられなかった。
キラは、そっと口を開いた。
「…実は、今日仕事の依頼があったんだ」
「仕事…急のか」
「うん。…どうしようか悩んだ、だってアスランと一緒にお祭り行きたかったし」
「…キラ」
「だから、相手方に電話したんだけど…」
キラはそこで言葉を句切り、俯いた。アスランは、そっとキラの頭を撫でた。
「大丈夫だよ、キラ」
キラは、アスランの言葉に顔を上げ首を傾げた。
「…何のこと?」
「何のことって、夏祭り行けなくなったんだろ?」
その言葉に、キラはきょとんとした目でアスランを見た。
「誰が?」
「………キラが」
「何時、そんなこと言った…?」
「…言ってはいないけど、そういうことなんだろ?」
本当ならば、アスランだってキラと一緒に行ける夏祭りが楽しみで仕方がなかったのだ。キラが残念だと思う気持ちも分かるが、アスランもショックでたまらないのである。
なのに、キラは何故だかきょとんとした顔でアスランに質問してきて、アスランには何を言っているのかが分からなくなった。
「…違うって!大丈夫になったの!」
「え…?」
キラはとても嬉しそうにアスランに伝えた。アスランは、キラが行けないとばかり思っていたので突然嬉しそうな顔で言われ、一体何のことを言っているのかが分からなくなった。
しばらく、二人の間に沈黙が続いた後、アスランはキラにガバっと抱きついた。
「行けるのか、キラ!」
「だから、そう言ってるじゃん」