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【APH】ゆめにおちる【独普】

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ルビーのようなその瞳に惹かれていた。
 月に溶けてしまいそうな銀の髪が愛しかった。
 雪のようなその肌に触れたかった。
「Ich lieve dech」
 ようやく伝えられた気持ち。
 嬉しそうに微笑んで、絡めてきた腕のぬくもり。
 触れたのは確かに、その人の唇だった。
 ようやく一緒になれたと思った。
 これからたくさん、大切な想い出を紡いでいくのだと思った。
 もっともっと、あの人のことを知ることが出来るのだと、思っていた。

 なのに。

 なのにあの人は、何も言わずに、消えてしまったのだ。



「イタリア君」
 声をかければ、イタリアはぴくりと肩を震わせて緩慢な仕草で顔を上げた。
「……にほん」
「ドイツさんの様子は、どうですか?」
 日本は力なく床にしゃがみこんでいるイタリアと視線を合わせ、こそりと耳打ちするように問いかける。イタリアの方はと言えば、すっかり憔悴した様子でうんと頷いた。
「……駄目みたい」
「……そうですか」
 イタリアの短い答えに、日本も眉を下げる。そっと覗いた部屋の中では、ドイツがベッドに横になっていた。その様に胸を痛めながらも、日本はそっとイタリアの肩に手を寄せる。久々に触れた彼の身体が以前よりも細くなっているように感じたのは、気のせいではないだろう。
 不思議そうに視線を向けるイタリアに優しく微笑んで、日本は語りかける。
「イタリア君も少し休んではどうですか?」
 ずっとドイツさんの様子を見ているのでしたら、ろくに休めていないでしょう。
 囁くように言ってやれば、イタリアは小さく頷いたがその場所から動こうとはしない。動く気がないのか既に動く気力すらもないのか計り兼ね、日本はおとなしく続く言葉を待つことにした。
 ドイツの兄に当たるプロイセンが『消失』したのは、今から一月ほど前のこと。それはあまりにも唐突な出来事で、それをオーストリアから聞かされたイタリアも日本も、信じることなど出来やしなかった。だって彼は、前日まで、当たり前のようにそこにいたのだ。プロイセンと言う国が無くなってもドイツの片翼として立派に存在を保っていた。弱った様子も見せず、これからもきっと共にいられるのだろうと誰もが思っていたのだ。
 それだけに、どの国よりもプロイセンと近い立場にあったドイツの心が受けたダメージは大きいものだった。
 その日を境にして、ドイツの心はぴしゃりと閉じられてしまったのだ。
 イタリアにも日本にも、オーストリアにも会いたがらない。何をするでもなく自分の部屋に閉じこもってこれまでを過ごしている。さすがにイタリアも日本も参っている場合ではないとドイツの様子を見るために毎日家へ通っているのだが、時折ふらりと部屋から出てきてもその表情には覇気どころか生気すらなく、声をかけることすらも躊躇われるほどの様子で、結局何もすることが出来ずにいるのである。
「――ドイツ、が」
「うん?」
 ふと耳をついたイタリアの声。我に返った日本が支えるようにして手を添えている肩は小さく揺れていた。日本を見る栗色の瞳は潤んでいて、ともすれば涙が零れ落ちそうだった。
「ドイツがおかしくなっちゃったの、どうすることも出来ないなんて、俺、悔しいよ」
 ぎゅっと腕を握る力が強くなる。イタリアは辛そうに唇を震わせ、いつもの彼からは想像も出来ないような弱々しい声で言う。
「無力なんだ。声をかけてあげることも出来ないなんて、もう。何で俺……ど、ドイツのこと、助けてあげられないんだろ……っ」
 友達で、親友で。ずっと一緒にいたから、彼のことは何だって分かったつもりになっていた。いつも面倒をかけている分、こういうときにこそ自分が彼を支えてあげるんだと思っていたのに。
 それすらも出来ないなんて、とイタリアは膝に顔を埋めた。その気持ちは日本も同じだ。そうですね、とだけ苦々しげに零して壁に寄りかかる。
「(みんな、壊れていくのでしょうか)」
 もしもこのままドイツの心が癒えないとしたら、きっとイタリアの心もその内崩壊していってしまうことになるだろう。正直なところ、自分もそうならないとは言い切れないし、オーストリアやハンガリーは既に危うい均衡なのだろう。
 だからといって、ドイツを責めることなど出来る訳もない。何よりも大切だった兄――最早兄弟と言う関係を超え、誰よりも愛しいのだと思っていた人を、ある日唐突に喪うということ。それは何よりも耐え難いことだろうから。
 目を閉じれば、瞼の裏には綺麗な銀の髪に赤い瞳の彼の姿が鮮明に描き出される。ドイツが幼い頃には彼と会うことのほうが多く、彼との記憶と言うものは確かに自分の中にいくつも残されているから、日本も彼の『消失』は信じたくないことだ。もしも消えてしまったのが自分の兄のような存在である中国だったらと思うだけでぞっとする。それを体験して、平常でいられる訳がない。
「(プロイセンさんの消失の原因は、まだ、不確定ですけれど)」
 日本はしかし、こんなときだからこそ私だけでも冷静でいなければ、と必死になってプロイセンが存在を失った理由を調べていた。何かをしていなければいられなかったというのもあるが、彼が唐突に存在理由を失くしてしまった原因を知りたかったのだ。
 国家とは危ういもの。増してやプロイセン自体はもう亡き国なのだから、余計ともその存在は不安定だった。ならば彼を生かしていたものは、一体何なのか。
 夜を徹して様々な情報を手繰り寄せ、端から調べていた日本は、つい最近とある一つの可能性を見出した。
「(プロイセンさんは、東西が分断されていたときに“東ドイツ”として存在していた。そこからの彼は正しくはプロイセンで歯なく、東ドイツと言う一つの国だった)」
 それはあくまでも過程の話だ。けれどそれならば、と日本は疼く胸を押さえた。
「(東ドイツの存在を覚えている――いえ、そうではない。東西ドイツにそれぞれ意思があったことを覚えている人物が、この世を去ってしまったこと)」
 国家はその国の滅亡や、突然の文化などの変化によって、当然消失する。それは国家や国家を知るものならば誰もが承知していることだ。今までにこの世界から消失した国家も少なくはない。
 しかしもう一つ、国家としての存在を維持するために必要な条件がある。
 それは国家の存在を覚えている人間がいることだ。元々人の形を取って存在しているものではないのだから、国家も意思を持つのだということを知る存在がいなくてはただの迷信と化してしまう。さながら、妖怪や幽霊といった類の存在のように。
 現在のドイツは当時西ドイツとして存在していた弟の方である。しかし東西ドイツの統一が果たされて10年が経つ今、東西ドイツ両方に意思があったのだと知る人間がいなくなってもおかしくはない。国家の存在を知る人間などほんの一握りなのだ。
 だからそれがきっかけなのではないかと、日本は推測した。予想の範疇を超えないものではあるが、もしもプロイセンが名実共に東ドイツと言う存在であったとしたのならば、それは決して間違いだとは言えない理論なのだ。
「そうだとしたら――プロイセンさんは、もう」
「……にほん?」
「あ――いえ。すみません、何でもないです」