夜、君に触れる
っていうか萌えってなんだ。
この男にそんな感情を抱く日が、くるなんて。
熱のこもった目で僕を見る臨也さんの視線が、さっきの映画の男の表情と重なる。そうか、僕の知らない世界だと思っていたけど、割と身近だった。あの男優、絶対に相手役の女優に惚れている、間違いない。
「ねえ、いつまでだんまりなの?」
きゅっと握り締めるてのひらに力をこめて、臨也さんは焦れた様に言う。何か反応しなきゃと、僕は渇いた喉で息を吐いた。
「・・・僕が、」
「うん」
「臨也さんなんか好きじゃないって言ったら、どうするんですか」
だって何でさっきから、両思いなのが前提みたいな言い方をするんだ。僕にだって選ぶ権利が、多分きっとあるのに。
臨也さんは一瞬きょとんと目を見開き、それから大げさに肩をすくめて見せる。予想外のことを言われたというような目だ。何言ってんの今更、とか、そういえばそんな可能性もあったっけ?とか、そんな顔だ。
「馬鹿だなあ・・・」
考え込むような呟きに、僕の手を握り締める力が緩まった。この緩さが一番困る、振り払えそうなのに、どうしてだかそれができない自分に困惑するから。
はやいところ、離してほしい。それかどうしたって抜け出せないほど握り締めてくれれば何も考えずに済むのに。
「君はそういう無駄なことを考えなくていいよ。例え今好きじゃなくたって、どうせ俺を好きになるから」
「なんでそんな、自信満々なんですか」
「俺が本気で口説くんだから落とせないわけないだろ。今日は好きじゃなくても明日には好きになるよ。明日がだめでも明後日にはきっと。だから君が考えるのはそういう無意味なことじゃなくて、右か、左かだけでいい」
「っ、だから」
「それに、気づいてる?帝人君、今日一度も俺を拒んでないよ」
うるさいな。
・・・残念ながら、気づいてるけど!
「・・・僕に拒否権はないんですか」
無駄だと分かっていることを、半分諦めながら口にした。吐く息は白く夜に溶けて、薄暗い路端で臨也さんは嫌味なくらいきれいに笑う。
そう、もうこの人存在自体が嫌味なんだ。そんな大事なことを忘れていた。
「ないよ。決まってるでしょ」
軽く、笑いながらそう言い切って、臨也さんは実に楽しそうに、僕の手を持ち上げてその甲に口づけた。もう今更この人がどんな奇行をしたって驚きはしないけど、恋愛経験値の少ない僕が赤くなるくらいは仕方が無いと思う。
「どうする帝人君?どっちを選んだって、明日学校は休みになるけど」
あ、そういえば宿題。
やってないな、とぼんやり考えた僕の手は、未だ臨也さんに捕まったまま。
「夢だったんだよね、好きな子とモーニングコーヒーって。ベタだけど、おいしいのいれてあげる」
だから早く、俺を選びな。
囁かれた声はぞわぞわと背筋を撫でて体の奥に落ちてゆく。
選ぶも何も、選択肢には「折原臨也」しかない。そんなの困る、絶対に、困る、のに。
手は、まだ離れない。
・・・僕には、振り払えない。
ただ、この静かな夜の中で初めて、臨也さんの手のひらを、握り返した。