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夜、君に触れる

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「さっきの爺さんがオーナーでさ、俺の好きな映画だけを放映する映画館を持つのが夢だった、とかなんとかいってさ。チョイスが毎回すっごい渋いの。なかなかないよ、こういうところ」
「はあ。臨也さんでも、映画とか見るんですね」
「そりゃ、見るよ。面白いよね映画。この役者はこの役嫌いだろうなあとか、ここでラブシーン演じてる2人はマジで恋人同士だなとか、そういうの分かって」
・・・さすが臨也さん、と言うべきなのだろうか。映画って、ストーリーを楽しむものじゃなくて、役者の人間関係を推測するものなんだっけ?若干途方にくれた僕だけれど、その後すぐに会場が暗くなっていきなり開始のアナウンスが流れたので、素直にスクリーンに向き直ることにした。
臨也さんの相手をするより、映画を見ているほうがずっとマシだということが分かっていたからだ。




映画は一昔前の王道ラブロマンスという感じのもので、金髪の、貧乏だけど美しい女性と、黒髪に筋骨隆々な、仕事一筋の不器用な金持ち男が出会って恋をして、というストーリーだった。
身の丈に合わない男性につりあおうと必死で背伸びをしてみせる女性は確かに可愛らしかったけれども、現代ではどれもありがちなエピソードの積み重ねに見えて、正直に眠気が襲う。
臨也さんってこういうのが好きだったのか、とぼんやり考え、いやそれはないか、と即座に否定してみたりして。彼の着眼点は役者の裏側らしいから、きっとこの映画のキャストが何か運命的だったのだろう。そんなのは僕の知らない世界だ。
正直に大きくあくびをして、背もたれに寄りかかった。そのままうとうとと心地よい眠りに落ちようとする体と、しかしこのまま寝たら臨也さんに容赦なくおいていかれそうだという危惧がせめぎあい、僕は割りと必死にスクリーンを見つめる。
映画の中では、金持ち男が張り切って初デートに女性をひっぱっていくところだった。夜の遊園地を貸しきって。
ベタだなあと思いつつ、実際夜の遊園地を貸しきったらいくらかかるんだろう、なんて現実的に考えてみた。想像ができない。電気代とか全部負担なんだろうか。
2人きりだね、とか台詞が流れるのに失笑する。アトラクションを動かしているスタッフがいるんだから、2人きりってことはないだろう、なんて思う僕はロマンスとはとことん縁遠い。
緊張に息を飲み、スクリーンのなかで男性が、女性の手にそっと自分の手を重ねる。もしかしてここからがクライマックスシーンなのだろうか、とぼんやりと考えたそのときだ。


「っ!」


同時に、自分の手に重なった温もりに、思わず息を呑んだ。
はっとして椅子のひじおきにおいた自分の右手を見た。重なる手は、疑いようもなく臨也さんのものだ。すらりとした手のひらは見た目よりも大きく感じて、熱を持って温かい。
何。
問いかけようかどうしようか、迷ってひとまずスクリーンに視線を戻す。そう、臨也さんだってたまたま手を置いたら僕の手があっただけかもしれないし・・・と混乱した頭で考えたりして。でもそうではないことだけは、理解できる。
どうして。
すっかり目が冴えてしまった。手を人質に取られたままの僕の視線は、しかし決して隣を見ないようにかたくなに画面に向けておいた。 多分、向いたら負けだ。臨也さんの顔を見てしまったら、僕の中の何かが終わる。モノクロの映画の中で、男が愛を囁きながらゆっくりと女の手を愛撫しはじめた。視界には入ってくるのに全く頭に入ってこないその画面をなぞるように、右手に重なった臨也さんの指が、画面とそっくり同じ動きを僕に施す。
「・・・っ」
軽く手の甲を撫で、そのまま指先一本一本に丁寧に指を這わせ、爪のフチをなぞり、丁寧に丁寧に手のひら全体を包み込む。その一つ一つの動作がゆっくりと緩やかで、またしても僕はここでぞわぞわする居心地の悪さをもてあました。振り払え、と心の中では叫んでいるのに、行動に移すことができない。
あんまり優しく触れてくるから、いつでも振り払えるんじゃないか、なんて思ってしまう。
スクリーンで男が微笑んだ。何かとても愛しいものを見詰めるようなその色を、臨也さんも、もしかして唇の端に乗せているかもしれない。そう考えるといてもたってもいられず、唇を噛んで視線を落とす。もう画面を見ることはできない。
体を強張らせて自分の靴の先を、親の仇であるかのように睨みつける。『愛してる』キザったらしい男の甘い吹き替えの声が映画館に響いて、同時に臨也さんが僕の手を少しだけ強く握った。



『君を、離さない』




静かな夜の歩道を、手を繋いで歩く。
映画館で繋がれたその手を、結局振り払えないままずるずると連れられている。臨也さんは何も言わない。その背中から、何も読み取れない。
僕はただただ混乱して、相変わらず靴の先ばかり睨みつけている。この手はいつになったら離れるのだろう。全身に響くような心臓音が落ち着かなくて、だから早く解放されたいと切に願った。
「帝人君」
ふと、呼ばれて臨也さんの足が止まる。
僕もつられて立ち止まって、のろのろと顔をあげた。夜の暗さに目が慣れて、残念ながら臨也さんがどんな顔をして僕を見ているか、よく分かってしまう。
実に楽しそうだ。
「何がなんだか分からないって顔かな?まあ、いいじゃない。夢だったんだよね俺、初デートは夜って。鉄板じゃない?」
初デート?
僕は必死になってその単語に、「初めてのデート」以外の意味を探したけれど、思いつかなかった。では僕の認識する「デート」の意味が違うのだろうか。僕の認識が正しければそれは、互いに好意を抱いている男女が微笑ましく2人で出かけることであり、決して、不法侵入者に掻っ攫われて鍋を作らされたり、男同士で手を繋いで夜の散歩をすることではないと思う。
思う、のに。
喉が震えて、上手く声を出せないまま、僕はただ臨也さんを見返した。反論したいことは山ほどあるのに、言葉が出てこない。
そんな僕を小さく笑い、臨也さんは目の前の分かれ道を、あいているほうの手で指差す。
「さて、ここで帝人君に選ばせてあげようか。右へ行けば池袋の君の家まで、左へいけば新宿の俺の家まで、デートなわけだけど」
だから、デートと言うのは。
やめてくれないだろうから、頼むから。
手のひらは、依然、いつでも振り払えそうな緩さで僕を繋ぐ。俺はどっちでもいいけど、と臨也さんが呟いて、それでもどこか艶やかな笑みを唇の端に乗せた。
「君の家は壁が薄いから大変だろうねえ」
何がだ。
問い返す代わりに息を吐いた。頬が熱い、繋いだ手に汗がにじむ。相変わらず煩いほど鳴り響く心音が、ただ、加速する。
「断然、俺の家がお勧め。防音だし」
「臨也、さん」
「ベッドも大きいし」
「っ臨也さん!」
何を言っているのか。
理解できないほど子供なら、純粋ならばよかった。おそらく真っ赤な顔で睨みつけているだろう僕の顔は、ちっとも怖くなんかなさそうだ。鏡を見るまでもない。
「・・・何より俺の空間に君がいるってのがいいね、最高だ」
涼しい顔をしておいて、重なる手に滲む汗は、一人分ではない。余裕綽々と言う顔をしながら緊張が見て取れて、こういうのギャップ萌えっていうんだっけか、と僕は現実逃避のように考えた。
作品名:夜、君に触れる 作家名:夏野