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ドッペルゲンガー御断り。

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 一口に"非日常"と言っても、そこには明確なレベルの差によって分類されるランクがある、というのが、少年、竜ヶ峰帝人の持論である。
例えば、学校。普段真っ直ぐ家に帰るだけの学生が友人と寄り道したり、また、学外学習と称して遠足で遠出するのも、日常から外れる出来事なので非日常だ。ランクとしては軽いジャブ程度、レベル1とか2とか、その位である。
では、そのレベルが上がって行くとどうなるかといえば、それは普通は"有り得ない"事のオンパレードであろう。幽霊や妖怪・宇宙人に出会うなんて、空想以外の何物でもないような事だとて、実際遭遇してしまえば立派な怪現象で高度な非日常だ。
とは言え、実際にして帝人は池袋という地に足を踏み入れ、池袋の都市伝説たるアイルランドの妖精、デュラハンのセルティ・ストゥルルソンに出会い、仲良くなってしまったので、彼女の存在だけは例外的に帝人の中で"日常"となっている。


 では仮に、自身で対処出来ない様な非日常に出くわしてしまった時はどうするか。そうそう起こる筈も無いと思いつつ、人生は何が起こるか分からない訳だ。

その1.先ずこれが夢であるかどうかを確かめる。
帝人は、呆然としながらも、無意識の内に思い切り自分の頬を抓り引っ張った。残念ながら痛かった。
眼前で、帝人の行動に対して不思議そうに首を傾げる複数の眼差しが少年を差した。嗚呼、可愛いな―――・・・なんて、思わないぞ、僕は、断じてね!
混乱を来す頭が正常に働かなくなっている事に果たして少年が気付いているのか否か。しかし、ズレ掛けた思考を、帝人はハッ、とすると軌道修正を施して目の前の怪異に傾けた。
痛覚を感じる、という事は、この事態が夢である可能性が薄くなった事を意味する。時折、夢の中なのに何故か痛みを感じるようなものを見る事もあるが、少なくとも帝人は、本日昼食に食べたサンドイッチの中味も味も、きちんと覚えている。
その上、今日は授業のカリキュラムで組まれていた体育の短距離走で思い切りこけてしまい、腕や膝、顔面スライディングした為に鼻の頭を擦り剥き、今尚鈍痛に苛まれている。これがもしも夢であったのなら、どれだけ良かったのか。明日学校へ行ってもクラスメイトにからかわれずに済むのだ。だが残念な事に、現実である。

 帝人は奇妙に顔を歪めると、漏れそうになる溜息をどうにか堪えた。
よし分かった、取り敢えずこれが現実なのだと認めよう。でなければ話が進まない。
帝人は次の手に移る事にした。
その2.原因と思しきものを問う。
帝人は1人離れた所でニマリと笑んでいる白衣に眼鏡の男を見遣った。彼も彼自身の元同級生に比べれば割合と童顔だ。その上性格が聊か子供っぽいとなれば、ある意味年相応に見られる。少なくとも外見的には。
その彼は、帝人の視線を受け取り、心得た様に頷いた。帝人が口を開こうとするのに一瞬早く、両手を上げて降参のポーズを取る。

「言っとくけど、今回の件は僕には関係無いよ。」

苦笑する彼に嘘は見られない。
若い顔立ちと優しげな風貌に見合わず、腹黒く楽観主義な所がある彼は、他者に対する興味が結構薄かったりする。と、言うより、彼は愛する妖精、セルティの存在を至上として、その下にいくにつれて興味関心が低下していく訳だが、そもそもセルティの位置と第2層までは随分と隔たりがあるようだ。
帝人もこの眼前に佇む複数の人影も、彼にとっては第2層の人間である。人当たりの良さそうな顔をしながら、平気で嘘を吐くは、実験に巻き込むはで、かなり良い性格をしている。
ただ、それを補っても尚、常識的な部分もあり(少なくとも彼の友人の1人よりはマシである)、またお人好しである為、こんな面倒な事になる事が分かっていながら友人を実験体にするような外道な性格はしていない。筈だ。・・・と、思いたい。
よって、帝人はこの線も切って捨てると、悪足掻きはここまでにし、最後の残る手段に力を注ぐ事にした。

その3.現状を受け入れ、自然な事象とする。


「静雄さん、どうしてこうなったんですか?そもそも、何をどうしたらこうなっちゃうんですか。」

「「「分かんねぇ。」」」

同じ声量、声音、髪色、表情で以て、3人の男は秀麗な眉を顰めた。
そう、同じ顔が3つある。それは、帝人の良く知る、というか、大きな声で公言は出来無くとも、愛おしい帝人の恋人様である。
平和島静雄。池袋の喧嘩人形の二つ名を持つ、最強の男だ。
その、最強の男が、何故か3人居る。この珍事態に対して、帝人の順応は、思いの他早かった。
人間は、環境適応能力がある程度備わった動物だ。帝人は、自身の順応能力がそれなりに高いと自負していたので、何か思う所があったとしても、まぁ、良いか、で諦めてしまった。
1人は、何時もの静雄である。白いシャツに、黒いベストとスラックス、引っ掛けただけの蝶ネクタイ、つまり、バーテンダー服である。
では、残る2人はどうなのか。
バーテンダー静雄を真ん中に挟み、両脇に佇むのは、同じ顔付をしていながら、その服装、雰囲気がまるで違っていた。
向かって左の静雄は、白い浴衣に白と青地の着流し、手には時代錯誤な煙管が添えられ、プカリプカリと煙を吐いている。常の静雄よりも泰然とした雰囲気をしており、どっしりと構えた、余裕のある大人の男の印象を抱かせた。
逆の静雄はと言えば、上下白のスーツに、ピンク色のヘッドホンという、静雄には聊か考え難い組み合わせである。しかし長身の美形には嫌味な程似合っており、加えて、艶のある笑みを浮かべ、気ダルい雰囲気を醸しながらも、洗練された立ち居振る舞いをしていて、宛ら、ホストのようだった。
帝人としては、どの顔も恋人のソレであり、恋人の顔に弱い帝人には決して邪険には出来ないだろうが、それでも、帝人の好きな人は真ん中の静雄である。これを間違えてはいけない。
仮称ホスト静雄は声が掛け難かったので、帝人は恐る恐るといった風に、反対側の静雄に声を掛けた。

「えぇと・・・そちらの静雄さん・・・」

「津軽だ。」

「は?」

「だから、津軽。」

「・・・・・・青森n「津軽だ。」

「・・・津軽、さん。」

名を呼ぶと、ユルリと微笑した津軽は帝人の短い髪をクシャリと撫でた。
まるで子供の頑張りを褒める大人のようである。子供扱いされている帝人からしたら面白くないが。
そして同じ様に面白く無さそうな静雄が帝人を取り戻そうとするのに一瞬早く、右側から手が伸びる。
痩身は、容易く白いスーツの胸に浚われた。

「へぇ、お前小さい割に、柔らかい体してんだな。抱き心地が良い。」

クス、と耳元で囁かれ、帝人の頬に朱が差す。
その変化を愉しそうに見詰めた彼は、「俺はサイケだ。よろしくな、帝人。」と更に耳に吹き込んで、旋毛に唇を落とした。
ビクリと身を竦ませたと同時に今度こそ見知ったベストと香りの中に閉じ込められる。
と同時に、ただならない怒気が部屋を充満した。

「テメェ・・・何考えてやがる、死にてぇのか。」

「ハッ、嫌だな、これだから余裕の無い男って奴はよぉ。少し位は相手を自由にしてやる器量位持てよな。俺と同じ顔してるクセに、その程度出来ねぇのか?」