いやし手
背中にかられた声に振り向くと、俺にとって数歩の距離を彼が小走りに埋めていた。
「あの…」
俺は自分の前で止まって口ごもる彼に向けて微笑んで見せる。急ぎというわけではないから、努めて親切に振る舞うまでだ。
「何?」
「……」
撫でるでもさするでもなく、緊張した指先が手の甲に触れた。
「お体、大切にしてくださいね」
見えない傷口を探るような目で俺を見上げて、直ぐに視線を落とすと彼はもう一度礼を言って池袋の雑踏に消えてしまった。
柔らかい熱をもった指が、ただ当てるように固い仕草で置かれた。
気遣わしげな息遣いが薄い皮膚を通して聞こえた。
「なんだよそれ」
俺は立ち止ったまま独りごちる。
儚く残った熱を外気から守るようにコートのポケットに手を入れると、俺は足早にその場所から離れた。
去り際に言われた彼の言葉を頭の中で何度も繰り返しながら、手に残るその感触に意識を研ぎ澄ませて、もっとちゃんと、傷口にだって触れてくれても良かったのにと思った。