きみを導くは光神
「・・・俺はひとりで生まれた。俺たちはそういうものだ。」
そう、俺たちは羊水というものを知らない。やわらかくあたたかい、あの場所を知らない。還る場所を知らない。それでも、生まれ落ちてこうしてここに居る。幾億幾千の夜を経て、全身全霊を掛けてここに居る。俺は、全身全霊を掛けてでもお前と向かい合っていたい。お前に触れてそのかたちを確かめてたいんだ。
その背中その目、イギリスという存在に出会ったことで、初めて生というものが、ただ生きていることそれだけで尊いことだと知ったのかもしれない。知識ではなく経験で、恐らく彼の目のなかの孤独をみた時に直感で。だから、俺をどうかお前を構成する一部分にしてほしい。そして叶うならば、強く柔らかくひかりを放つ虹彩に俺を映してほしい。
「でも、ひとりやからふたりにもなれると思わん?」
「どういう、意味だ・・・」
「こういう意味や、」
イギリスの手を取る。触れ合った肌からぬくもりがひとつ。いつかのように拒絶はされなかった。
「・・・お前の寄越すぬくもりが心まで近すぎる・・・」
「近すぎたことなんてあらへんよ」
お前はいつでも遠くを見詰めていたから。
そのままその体を抱き寄せる。昔のまま細っこくて貧相で、ちいさなイングランドだった。食べるものがなくて、愛されなくて泣いていた、ちいさなイングランドのままだった。
「変わらんなぁ、」
泣き虫なところも。その眸の奥のかなしみを溢れさせたイギリスは、今までの自分が知らない彼だった。
「スペイン・・・お前は本当に馬鹿だよ・・・大馬鹿者だっ・・・こんな奴にっ、つ、つかまるなんて・・・」
「ほんま・・・そのとーりやな・・・お前はひどい海賊様や、俺からなんもかも奪って、」
終に生きたまま心臓まで奪われた心地がする。だが己の心臓なぞいくらでもくれてやる。そうして俺の血がお前を生かすのなら。
ああ、俺はこの背中に触れたかったんだ。やっとイギリスの体温を感じることが出来る。冷たい刃や言葉の交わりでなく。同じ光は見られずとも、お互いのあたたかさは感じられる。お互いの血の味を知っても満足できなかった俺たちが求めていたのは、これだったのかもしれない。
どうか神様、イギリスを連れて行かないで下さい。どうか。祈るしか出来ない。でも祈ることは出来る。
微かな視線を感じて、重い目蓋を持ち上げると、大きく見開かれた緑の眸と目が合った。僅かに戸惑ったような仕草を見せてから、視線の主は口を開いた。
「なっ、何ぼーっとしてんだよ、この脳みそトマト野郎!アフタヌーン・ティーの時間だからわざわざ呼びに来てやったのに、」
「ありがとな〜、もうそんな時間か〜」
その眸に自分が映っていることに大層満足して、ひとつ伸びをして立ち上り、イギリスの肩に手を回す。
「行こか、用意してくれたんやろ」
「べっ、別にお前の為じゃないんだからな!」
五月の風が頬を撫ぜる。三月の風と四月のにわか雨が五月の花をもたらす、そんな古くからの世界の約束の通り、季節は巡りゆく。随分と遠くまで来たものだ。今を盛りと、時と競うように繁茂する鮮やかな緑を、この一瞬を、網膜に焼き付けたい。
英国のやわらかい光のなかで、その闇さえも愛おしく感じる。闇を内包する光がひどく眩しい。そして愛おしい。