二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ある、池袋の日常

INDEX|1ページ/8ページ|

次のページ
 

1.少年の非日常





冷やりとした空気が鼻先をくすぐる。朝家を出た時よりも格段に下がっただろう気温に、帝人は肉付きの薄い身体をぎゅっと縮こまらせた。
猛暑から一転、突然遅い秋がやって来たかと思えば日中は暖かかったりして、とにかく日々着る物に悩む気候が続いている。
今日だって朝から寒ければ上着かマフラーくらいは持ってきていただろうに、あいにく今は着ている制服以外に何も寒さを防ぐ物がない。
(こういう時に限って、臨時委員会とか入っちゃうんだもんなぁ…)
秋の日暮れは早い。6時を過ぎるともう真っ暗になって、当然寒さもいや増していく。
少しでも早く帰って暖を取りたい。が、築年数に比例して隙間の多い我が家はきっと冷えきっていて、何か買って帰らなければ暖など無いに等しい。できれば暖い店で暖かい物を食べて帰りたいけれど、今月はちょっと物入りで余計な出費も避けたいし。
どうしよう、と公園の入り口に差しかかったところで足を止め、中へと入っていった。ベンチ脇の自販機に小銭をいれ、ささやかな暖を得るべくコーヒーのボタンを押す。
熱いくらいに暖められた缶は、だが見本とは違う色形をしていた。
「え? …あれ?」
出てきたミルクティはコーヒーの2つ隣にディスプレイされていて、『売切』のランプが表示されている。さっきから点いていたから、押し間違いでもないはずだ。きっと業者が入れ間違ったのだろう。
このまま飲むか、ちょっと悩んで、帝人はもう1本コーヒーを買い直した。たまに甘いものを飲みたくなる時もあるが、基本的に帝人は辛党だ。ペットボトルのお茶は昼食時に飲みきってしまっていたし、口の中が甘いまま家まで帰るのもちょっと、と思う。
小さなコーヒー缶に比べて表面積が大きいから、なんならカイロ代わりにすればいい。またミルクティが出てきたら、その時は諦めてこれを飲もう。
そう思ってもう一度同じボタンを押し、屈んで取り出すと、今度はちゃんと缶コーヒーが出てきた。手で持ち続けるには熱い2つの缶を、制服の袖ごしに掴んで立ちあがる。
「なんだ、売り切れか…」
ふと、真後ろで声が聞こえた。いつの間にか並んでいる人がいたらしい。売り切れていたのはミルクティだけだったよねと、帝人は振り向いて声をかけた。
「よかったら、これ、飲んで貰えませんか?」
声の位置から背の高い人なのだろうと思っていたが、それは当たっていたのだが、違う意味で予想を裏切る人がそこに立っていた。
帝人より頭ひとつ分高い位置にある金髪、夜なのにサングラス、白いシャツに黒の蝶ネクタイ―――おおよそ静かな公園に似つかわしくないその人は、帝人ならずとも池袋ではよく知られている。
え、なに、僕今日死ぬの?
「…は? いや、お前が買ったんだろ?」
殴られるかと見上げた顔は不機嫌そうに眉根を寄せていたが、声は意外にも静かだった。怒ってる訳ではないのかもしれない、…が下手な事を言えば今から怒らせる可能性は、ある。
何も言わずに押しつけて逃げるか、それとも素直に事情を言うか、瞬時悩んで、帝人は後者を選んだ。その方が被害が少なさそうな気がする。多分。
「コーヒーのボタン押したら、これが出てきたんです。もう買い直しちゃったし、2本も飲まないのでよかったら」
「……いいのか?」
「どうぞ。僕も助かりますし」
おずおずと差し出せば、また眉を潜めて静雄がそれを受け取る。
この顔は、ひょっとして怒ってるんじゃなくて困惑しているのかな、と何となく帝人はそう思った。きっと目つきが悪いだけなのかも。
キレると怖い喧嘩人形。なら、怒らせなければ普通に会話が出来るのかもしれない。
降って湧いたこの非日常に、正直帝人はわくわくしていた。
数々の噂は耳にしているし、自販機を投げていたり標識を振り回しているところを何度か遠巻きに見た事もあるので、さすがに怒り狂っている時に近づきたいとは全く思わない。
が、その暴力がこちらに向かわないのなら、話してみたいと思う程度には帝人の好奇心は強い。ましてやこんな至近距離で観察出来る機会なんて、今後そうそうあるとも思えない。
好奇心と警戒心のはざまで揺れる気持ちが、少しだけ前者に傾く。大人しい見た目に反して意外な行動力をもつ帝人は、結論が出るより先に静雄に声をかけていた。
「あの、よかったら座りませんか?」
「へ…? あ、ああ…」
すぐ横のベンチを差して先に座ると、複雑そうな顔の静雄が人ひとり分の距離を開けて腰をおろす。体重を感じさせない静かな動作だ。
標識を引っこ抜くその手がプルトップを掴み、壊す事なく押し上げる。握られた缶がへこむ様子もなく、一体どうやって力の使い分けをしているのだろうと帝人はその手をぼんやり眺めた。
「飲まねぇのか」
「え…、あ、飲みます飲みます」
まだ熱いコーヒーを流し込むと、寒さに収縮していた血管が広がっていくような錯覚を覚える。気持に余裕が出て、ふと―――自分のすぐ隣に池袋の怪人が座っている事を実感して、それはマイナスの作用へと働いた。飲み物を手にさっきからひと一言もしゃべらない男に、僅かな恐怖心が心の天秤を傾かせる。
「おい、これ、……」
伸ばされた手にとっさに身体がすくんで、ぎこちない沈黙が下りる。いや、そもそもずっと沈黙だったのだけれど、なんというか空気が一瞬にして重くなった印象だ。
差し出された手には五百円玉が1枚。黙っておごられるのではなく、ちゃんとお金を返そうとしている人物にそんな態度を取ってしまったのだと、帝人は思わず頬を染めた。



作品名:ある、池袋の日常 作家名:坊。