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ある、池袋の日常

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「確かにそうですけど…、でもそれじゃフェアじゃないと思うんです」
「……は?」
サングラスの奥で目が瞠られ、どこか幼いその表情に男の印象がやや柔らかいものへと変わる。それに勇気付けられて、帝人は言葉を次いだ。
「僕はあなたの噂は色々聞いています。でも、あなたは僕の事、何も知らないじゃないですか」
静雄は帝人のことを何も知らない。見た目だけで判断するなら、到底『怖い人』には程遠いだろう。
だが帝人は静雄の噂を知っていて、それは概ね悪い噂ばかりだ。
「あの、僕の事怖いと思いますか?」
「怖いもなにも、…」
初対面だ。それでなくとも帝人は、見た目も明らかにひ弱で大人しい。人に威圧を与えるよりは、むしろ絡まれやすいタイプだろう。
不思議そうに首を傾げる静雄に、帝人はこくりと頷いて見せた。
「先入観があって、だけど僕はあなたのことを知りません。だから怖いと思ってしまうんですけど、でもあなたは僕の事を知らないでしょう? 知らないのに僕を責めるのはフェアじゃないと、…思ったんですけど、でも、…それを怒るのも変です、よ…ね? えっと、だから、…あれ?」
恐怖心はあるけれど、全て鵜呑みにしてそうだと判断している訳でもない。だから生身の静雄を見てみたくて話しかけたけれど、恐怖というのは本能的なものだから、どうしようもないものだ。
帝人を怖いと思わない静雄がその恐怖心を責めるのは違う、…と思ったのだが、一方的に怖がって逃げてそれを怒るなというのもまた、間違っているような気がする。
話している内に段々訳がわからなくなっていって、帝人は必死で整理しようと自分の思考に没頭した。隣に『喧嘩人形』と呼ばれる男がいる事も忘れて、―――男が驚いた顔で自分を見つめている事にも気付かずに。
「変な奴だな…」
静雄はへりくつをこね回されるのが嫌いで、そういうタイプ―――主に新羅だ―――がしょっちゅう殴られているという事実を、当然ながら帝人は知らない。だから、苦笑めいたものを漏らす静雄が、その態度がどれだけ珍しいものであるのかということもまた知らなかった。
頭をなでられて反射的にびくりと飛び上がったのは、恐怖ではなく純粋な驚きだ。が、どうやら静雄にはまた誤解を受けたようだ。
「あの、今のも違って、ですね」
「お前は、俺の事怖くねぇのか?」
「怖いですよ、怒ってる時は。…えっと、今怒ってますか?」
「怒ってねぇよ」
「じゃあ大丈夫です」
本当はちょっと怖いけれど。でもそれは、怒りの沸点がどこにあるのか、何がきっかけでそうなるのかがまだ解らない所為だと思う。
「あの、これお返しします。今小銭ないんで」
「俺も小銭がねぇんだよ。子供に奢って貰うのも悪いしな、とっとけよ」
「でも、飲まない物を押し付けたんですから。やっぱりお返しします」
はい、と差し出すと、静雄がまた眉根を寄せる。一瞬怒らせたのかと焦ったが、やはり困っていただけらしい。静雄が、苦笑を浮かべつつ受け取った貨幣を胸ポケットへと収めた。
「お前いつもここ通んのか?」
「通り道ですけど、いつもはもっと時間は早いです」
「そっか」
ゴキ、と音がして見れば、その手の中でミルクティの缶が小さくなっていた。へこむとか潰れるとかではなく、『小さく』縮んでいる。
手品みたいだなぁとどこかズレた感想を抱いて、帝人は手の中にあった缶を両手でぎゅっと押してみた。スチール缶は、当然のようにビクともせず、へこみもしないのがちょっと悔しい。
むきになってぐいぐい押していると、横からひょいとそれを取り上げた手が缶を小さく押し潰した。機械でプレスしたようなサイズになった物を受け取ってゴミ箱に投げると、放物線を描いたそれがにぎやかな音を立ててきれいにおさまった。それがちょっと嬉しい。
「じゃ、失礼します」
軽く会釈して公園の外に足を向けると、おい、と穏やかな声が投げられた。思えば見た目は確かに一見アレだが、怒っているように見えた時も声は穏やかだったような気がする。
振り向くと、サングラスを外した男が柔らかい笑みを刷いてこちらを見ていた。
「今度会ったら、おごってやるよ」
恐らくこれは、天然記念物並にレアな光景なのだろう。うわぁ、と上がりそうになる声を飲みこんで、帝人は「よろしくお願いします」と笑みを返した。




作品名:ある、池袋の日常 作家名:坊。