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ある、池袋の日常

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そう思うとしくりと胸が痛む。なにがそんなに嫌なんだろうと自分の感情を持て余しつつ、帝人は少し安堵してもいた。度を過ぎた感情は、それが好であれ嫌であれコントロールできないから怖い。彼が幕を下ろすつもりでいるのなら、それもいいかとさえ思ってしまう投げ遣り感が自分でも不思議だ。
促されてベンチに座ると、静雄が缶コーヒーを抱えて戻ってくる。差し出されたのは甘いカフェオレで、帝人は礼を言ってそれを受け取った。甘いものを口にして、やっと気持ちが落ち着きを取り戻す。
冷静になった頭で振り返れば、静雄のそれは怒りではなく心配だろうと想像がついた。心配して怒っている可能性もあるが、少なくとも帝人のどん臭さに対する怒りではないと、今ならわかる。
立ったまま座ろうとしない静雄に首を傾げ、帝人は笑みを浮かべて改めて頭を下げた。
「あの、助けてくださってありがとうございました。…本当に吃驚しちゃって、お礼を言うのも忘れててすみません」
「ああ、……いや」
「静雄さんは、腕は大丈夫ですか? 痛みとか、他に怪我とかないですか?」
「なんで、俺を心配してんだよ…」
驚いたように目を瞠って、けれどもなぜか静雄は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。一見怒っているような表情だが、これは何度か見た、困っている時の顔だ。
その表情のままどさりと隣に腰を下ろして、静雄は盛大に溜め息を漏らす。疲れたような態度に、やはり怪我を負ったのではないかと心配になった。
「あの、やっぱりどこか、」
「怖がってると思ったんだ。だから逃げたんだ、ってよ」
「え…?」
「お前最近、俺のこと避けてただろ?」
言われて、思わず顔が熱くなるのがわかった。気付かれる前に逃げていたつもりが、静雄にはバレバレだったらしい。わかった上で見逃してくれていたのだと思うと恥ずかしいし、そのことで傷つけたのだと思うと胸が痛んだ。
「それは、その、…僕は免疫がないから。だからちょっと、時間が欲しかったんです…」
静雄は意味がわからないと首を傾げるが、帝人にそれを説明するつもりはない。自分の気持ちがわからなくて、向き合う勇気もなくて、だけど避けていたのは本当のことだから言い逃れをしたくはなかった。
「……嫌いになったか?」
「それはないです!」
絞り出すような呟きに、慌てて声を上げる。実際、怒っていなければ怖いとは思わなかったし、暴力に転じなければ静雄の力は非力な帝人には憧れだった。話してみれば穏やかな性格で、優しくて、つい今だって助けて貰ったのだ。嫌いになんて、なれるはずがない。
「尊敬してますし、大好きですよ」
そんなことをとつとつと伝えると、嬉しそうに静雄が笑った。照れたような、はにかむようなそんな柔らかい笑みを浮かべて。
普段ならどきどきするような表情に、なのになぜか帝人の胸はしくりと痛んだ。
今のは知人として、憧れの存在としての静雄への言葉で、自分の本心とは少し違う。彼がそれを喜んでいるのは理解できる。友人として、それを帝人に望んでいるだろうこともわかる。
けれども友人なら、彼のよき理解者でありたいとそう願うのなら、もし静雄に好きな人が出来たら自分はそれを応援しなくてはならない。いつか彼女が出来たとしたら、それを喜んであげなければならないのだと思うと、一気に気持ちが凍りついた。
そんなことはしたくない。多分、出来そうにもない。だったら今嫌われてしまった方が楽なんじゃないかと、そんなふうにさえ思った。
「やっぱりやめます。今の、取り消します…!」
「へ?」
唐突な言葉に、今度は静雄が凍りつく。首を傾げ、眉根を寄せ、困惑した表情で真っ直ぐ帝人を見つめてくる。
「…嫌いってことか…?」
「違います。大好きとかじゃなくて、僕は、…ぼく、は」
好きなんです、と呟いて、言葉にして初めてそれが恋愛感情からくるものだったんだと気づいた。
会えば嬉しかった。なのに話すのが怖かった。会いたくて、でも会いたくなくて、相反する感情に振り回されてどうしたいのかわからなくて、だから静雄を避けていた。
自分は静雄のことが好きなのだ。非日常の象徴ではなく、憧れでもなく、ただ1人の人間として。
と同時に、帝人は頭から水をかけられた気分になった。同じ『好き』でも、帝人の感情と静雄のそれはベクトルが違う。ましてや同性に恋愛感情を告げられて、それを『自然な好意』として受け止められる人間なんてごく少数だ。
しまったと思ったがもう遅い。なんとか誤魔化そうと必死に考えるが、恋愛関係に疎い自分の頭は気の利いた言葉をつむぎ出してはくれなかった。せめて静雄が冗談か軽口として受け止めてくれればと願うが、どうやらそれも無駄らしい
沈黙に耐え切れなくなって、先に根を上げたのは帝人の方だった。そっと静雄を窺えば、無表情のままなにやら考え込んでいる。それはそうだろう、何度か話しただけの子供にそんなことを言われても、静雄だって困るに決まっている。
いや、実際は怒っているのかも知れない。少なくとも、彼のまとう空気は酷く冷たいものだと帝人には感じられた。キレている時のものとは違う、拒絶の空気だ。帝人からの誤魔化しや言い訳を拒んで、彼はただじっと考え込んでいる。
沈黙にも心を傷つける作用があるのだと、帝人はこの日初めて知った。これ以上の会話を拒否して、けれどもきっと、壊れてしまった関係に傷ついているのは彼も同じなのだろう。
「僕は、…僕では、静雄さんが望む関係になれません。だから、ごめんなさい…」
好きになってごめんなさい。…友人になれなくてごめんなさい。
静雄の前では泣きたくなくて、帝人は懸命に笑みを浮かべた。ちっとも上手く笑えた気はしなかったけれど。
勢いをつけて立ち上がると、帝人は静雄の正面に回って頭を下げた。怒ったように眉を顰めたまま見上げてくる顔に、帝人はもう一度笑みを向ける。今度は、さっきよりずっと普通に笑えた気がした。
「……さようなら」
いつもと変わらない足取りで公園を出て、静雄から見えない場所に来るや否や帝人はひと息に家までの道のりを走り抜けた。かつてない酷使にばくばくと脈打つ心臓が痛んで、だからこれは静雄の所為じゃない。彼が与えた痛みじゃない。
押し寄せる感情は大きすぎて、帝人は声を殺して、泣いた。
 
  
 
作品名:ある、池袋の日常 作家名:坊。