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猫は眠る

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肉の焼けるいい匂いが食欲をそそる。
そそるのだが、竜ヶ峰帝人は鉄板に置かれた肉が次々と消えていく光景をただぼんやりと眺めていた。
そもそも1枚しかないホットプレートを9人で囲んでいる時点でもう間違っていると思うのだが、あいにくそこに突っ込む人間がいない。
いや、一応最初に門田が注意はした。したのだが華麗にスルーされてしまった、ただそれだけだ。
セルティ主催の焼肉パーティは、資金源が闇医者とあって国産ブランド牛のいい肉がふんだんに投下されている。
苦学生の帝人としては―――実家でもこんな肉お目にかかった事無いが―――是非ともご相伴に預かりたいところだが、残念ながら彼には激しい肉争奪戦の中に参戦するだけの度胸と気力がなかった。というか、その凄まじさに呆気にとられていた。
一緒に参加した親友はちゃっかり混じって肉を頬張っているが、焼けた端から取っては食べ、を繰り返しているのを見ると勿体ない気がする。せっかくいい肉なのに味わって食べないのかなと思う時点でもう負けているのだが、他の面子の箸を掠め取ってでも食べたいとまでは思わないのだから、こればっかりは仕方がない。
「なあに、みかみか。全然食べてないじゃない?」
「はぁ…、なんか、見てるだけで疲れちゃって」
「草食系ってやつなのね。そんなんじゃ世間の荒波に勝てないわよ。ほら、紀田くんを見習って!」
「正臣に習うくらいなら、大人しく野菜食べてます」
遊馬崎の箸から肉を奪う幼馴染みに溜め息を吐いて、帝人は野菜に手を伸ばす。と言っても鉄板の上は肉だけでいっぱいいっぱいだから、下茹でされているじゃがいもや南瓜、肉に巻かれず放置されているチシャ菜をもそもそ食べているのだが。
(美味しい…、東京の野菜って不味いのに、これどこで買ったんだろ…)
負け惜しみではなく、本当に野菜が美味しい。田舎育ちで舌の肥えた帝人にとって、東京の野菜は値段も味も不満だらけだったから余計だ。
あとで聞いてみようと思ったが、百貨店の地下辺りなら到底帝人には手が出ない。今年は野菜も高いしと塩やマヨネーズで遠慮なく味わっていると、不意に肉の乗った皿が目の前に差し出された。
「食え」
「…え? え!?」
驚いて見れば、争奪戦には参加していなかったはずの静雄が肉を盛った皿を差し出している。セルティの友人として呼ばれているのは知っていたが、帝人とは直接面識はないはずだ。
「あの、…これって静雄さんの分では…」
「セルティがあっちで焼いたんだ。お前に持ってってくれってよ」
「あ、ありがとうございます…」
セルティの気遣いはもちろん嬉しい。が、肉を前に途方に暮れてるように見えたのならちょっと恥ずかしい。
「あ、あの、よかったら静雄さんもどうぞ」
「あ? そりゃお前の分だろ」
「いっぱいありますし…、静雄さんも全然お肉食べてないですよね」
こんなに山に盛られても食べきれないしと差し出すと、サングラスを掛けたままの顔がじっと帝人を凝視した。文字通り凝視だ。上から下までじろりと見て、眉根を寄せる。
なにか怒らせたんだろうかと目を反らせずにいると、顔を顰めたまま溜め息を吐かれた。
「…触ったら折れそうだな、お前」
「折…、ええっ!?」
「食え。全部食え。食って太れ」
「太れって、…そこまで痩せてないですよ」
「嘘つけ。あいつより軽いんじゃねぇか、お前」
あいつ、と指指した先に狩沢がいて、どうなんだろうと帝人は首を傾げた。女の人より軽いという事はないと思うが、大人の女性の体重がよくわからない。
…と思って眺めていると、視線に気付いたのか、狩沢が不穏な笑顔を浮かべてこちらへとやってきた。なんだか嫌な予感がする。
「面白そうな話ねぇ、みかぷー?」
「あ、あの…」
顔は確かに笑っているのに、なんだかオーラが怖い。ひょっとして聞こえていたのだろうか。だとすれば女性に対してはものすごく失礼な話だし、狩沢が怒っても仕方がない。
「その…、すみません」
「悪かったと思うんなら、これ飲んで?」
どん、とテーブルに置かれたのは2Lタイプのペットボトル。市販の物でないとすぐわかるのは、ラベルが全部剥がされているのとどう見ても毒々しいとしか表現できない色合いの所為だ。
「あの、僕未成年なんでお酒は、」
「お酒じゃないの。自家製カクテルなの。苦労して作った自信作なのに、見た目がコレで誰も飲んでくれないの」
「はぁ…」
それはそうだろう。毒々しいといっても、例えばこれが深緑だったり赤紫だったりすれば青汁とか健康野菜的な飲料を想像できるのだが、なんというか、カレー汁にゴマペーストを混ぜてコーラで割ったらこんな感じかなという、なんとも微妙な色合いだ。
「大丈夫、味は保証するから! ていうか、この味を出すのに苦労したんだから!」
空のコップを引き寄せて、とぷとぷと中身が注がれる。炭酸だ。この色でなぜ炭酸。
「ほら、飲んで!」
「…う…」
「信用できないんなら、あたしも飲むから。だったらいいでしょ、ね?」
もうひとつ空のグラスを取った狩沢が、自分の前に置いて自家製カクテルとやらを注ぐ。
そこまでされると、今度は逆に自分が酷く矮小な人間になったような気がして、帝人はグラスを受け取った。疑ったりして悪かったかなと、素直に思ってしまうところが帝人のひとの好さだ。
正臣がいれば「だからお前は危機感がないって言うんだよ!」と説教しつつグラスをどこかへやっただろうに、彼はこの時、肉に続く高級フルーツ争奪戦に参加していた。
そして、そこに狩沢が参加していない違和感に気付けるほどには、帝人は彼女の事をよく知らなかった。
「じゃ、かんぱーい」
「いただきます…」
恐る恐る口をつけると、弾ける感覚が唇に伝わってきた。柑橘系のような酸味の強い味で、見た目に反してカレーの風味も匂いもない。
「あ、美味しい…」
「でしょ!? だから言ったのに、もー、ドタチンめー!」
酒はダメだと、未成年には絶対飲ませるなと散々釘を刺されたらしい。
狩沢の愚痴を聞きながら、帝人は残りを飲み干した。あっさりしているのにどこか甘みがあって、後を引く味だ。今度は自分でグラスに注ぐと、狩沢が嬉しそうに顔をほころばせた。
「置いてくから、好きなように飲んじゃってー。あたしはちょっと、ドタチンに自慢してくる」
「あ、はい。ありがとうございます」
またひと口飲んで、それから帝人は山盛りの肉に取りかかった。まだ熱々のそれはしっかり焼いてあるのに柔らかく、口の中でとろけるように解れていく。
美味しい。お米が欲しい。でもご飯でお腹が膨れたら勿体ないかなぁ。
滅多にない肉をじっくり堪能していると、何故か静雄にじっと睨まれた。射抜くようなきつい視線に、思わず肉食獣の餌になる小動物の気分を味わう。今自分が食べている肉も、最後にこんな思いをしたのかもしれない。
居心地の悪さを感じつつ、また肉を口に入れる。肉も美味いがたれも美味い。噛まなくてもとろけていく。お肉さんありがとう。



作品名:猫は眠る 作家名:坊。