猫は眠る
「美味いか?」
「は、はい! あの、こんなに美味しいお肉は初めてです」
「よかったな」
途端に、少しだけ目元が和む。実はただ見ていただけで、睨んでいた訳ではないのかもしれない。
そう思うと、1人で食べているのが申し訳ない気がした。帝人の知る限り、静雄は肉も野菜もまったく食べていない。
「あの、やっぱり少し食べませんか?」
「んあ?」
「美味しいものは、みんなで分けあった方が美味しいじゃないですか」
1人っ子で、実家で育った帝人には美味しいもの=取り合うものという感覚がない。
だからこそ肉争奪戦に参加すら出来なかったのだが、そもそもセルティの誘いに乗ったのも、良い肉が食べれるという誘惑より大勢でご飯を食べるのは楽しそうだという、そちらの理由の方が大きかったのだ。
実際、みんなが好き勝手に箸を動かしているのを見るのは楽しいし、賑やかな雰囲気はそれだけでほっこりする。
「直箸で申し訳ないですけど…、どうぞ」
そう言って差し出すと、何やら奇妙な顔でじとりと睨まれた。人が箸をつけたものなんて、やっぱり失礼だっただろうか。
今更引けずに固まっていると、ひょいと伸びてきた箸が皿の肉をつまむ。
「美味いな」
「…はい!」
思わず力いっぱい答えると、サングラスの奥で目が丸くなった。目尻が下がり口角が上がって、その顔が微かな笑みを形作るのにうわぁ、と声を上げそうになる。
こんな表情もするんだなぁと思うとなんだか嬉しくなって、帝人はグラスの残りを一気に飲み干した。
なんだろう、動悸がする。鼓動が速くて、ちょっとだけ顔が熱い。
離れた場所から自分たちを見ている視線には気付かないまま、帝人は火照った頬を冷まそうと、またカクテルを注いで飲み干した。
美味しい。でもなんだか咽喉が渇く。どきどきするし、おまけに眠い。
グラスを抱えたままかくりとあごが落ちて、帝人は慌てて顔を上げた。眠い。目を開けていられないくらい眠い。
割ったらまずいと空になったグラスを置いて、両手で頬を軽く覆う。軽く頭を振ってみるが、やっぱり眠い。どうにもならない。
「眠いのか?」
掛けられた声にもすぐには気付けず、帝人は慌てて顔を上げた。視界が霞む。目がちゃんと開いてないのだから当然だ。
「すみません…、なんだか、急に…」
「まだそう遅くもねぇし、奥でちっと寝てくるか? 起きれなかったら泊まっちまえばいいし」
「いえ、それはさすがに…、ちょっとお水貰ってきます」
視界だけじゃなく、思考にもぼんやりと幕がかかっている気がする。考えが纏まらない。眠い。
立ち上がろうとして膝が崩れた。倒れそうになる身体を支える事も出来なくて、下から支えてくれた腕に寄りかかる。
「大丈夫か」
「……あ、…れ?」
静雄が広げた二の腕に乗っかっているのだと気付くのに、少し時間が掛かった。帝人の体重を腕1本で支えて、当然のように彼は重そうな素振りも無い。
「す、すみません…! う、わ…ッ」
慌てて起き上がろとした途端足がもつれて、今度は背中から机に向かって倒れそうになった。静雄の手が帝人を引き寄せて、そのまま胸に頬を寄せる格好になる。
「ゆっくりでいいから慌てんな」
「は、はい…」
あの平和島静雄に抱きついている。端から見たらすごい光景なんだろうなぁ。
どこか他人事のように思い、帝人は寄りかかったままゆっくりと息を吐いた。
すごく眠い。でも立たなきゃ。まずは落ち着いて、えっと…、……。