猫は眠る
『確かに帝人らしくないが…、本当に大丈夫なのか、新羅?』
「今のところは寝てるだけだよ。―――後遺症はわからないけどね」
「おい、」
「悪い、元凶はこいつらだ。…本当にヤベェもんは使ってねぇんだな?」
門田が、まだ笑い続けている狩沢と遊馬崎の頭に拳を落して静雄の前に引きずっていく。
「市販の睡眠薬とごく軽ーい麻薬のミックスだから、大丈夫だいじょーぶ」
『麻薬!?』
「あ、マリファナ程度の、…タバコよりちょっときついくらいの幻覚剤っすよ。身体に残らないし、半日もたてばきれいに抜けますって」
「ただ、ちょっと飲んだ量が多いんだよねぇ」
量、と言われて静雄は、そういえば帝人が頻りに何かを飲んでいたなと思い出した。テーブルに置かれたペットボトルは、その中身が半分ほど減っている。
「どのくらい飲ませたんだ?」
「飲ませたのは最初の1杯だけだけど…、シズシズ、これ全部みかみか1人で飲んじゃったの?」
「ああ? テメェ誰が、…ッ」
シズシズ呼ばわりに、静雄の目がサングラスの奥で細められる。が、唸るような低音に帝人が小さく身動いで、今にも立ち上がろうとしていた身体がぴたりと静止した。動くと起こしてしまう、そう思うと指一本動かせない。
「……俺は飲んでねぇ」
「てことは、コップ4、5杯ってとこっすね」
「普通は2杯も飲めば結構飛ぶんだけど、みかぷー意外と効き難い体質なのかなぁ」
「テメェ…、」
「お前らちったぁ反省しろ!」
静雄がキレるより早く、門田の拳骨が2人の頭に落とされる。
それで少し落ち着いた。この騒ぎにも気付かない様子で無邪気に寝息を立てている少年に、静雄がふと肩の力を抜く。
「子供にんな真似しやがって、…お前らまさか、デコピン程度で済むとは思ってねぇよなぁ?」
「え、いや、マジ怖いっすよ静雄さん…」
「飲みすぎちゃったのは不可抗力っていうか、…ねぇ?」
凄んで見せると、さすがの悪ノリコンビも怯んだのかびくびくと顔を見合わせた。じっと睨み続けていると、沈黙と眼力に耐えかねた2人がその場で土下座を始める。
「―――ったく、おい、門田。代わりに一発ずつ殴っとけ」
「おう。手加減無しな」
「ええー! ドタチンのマジ拳固は痛いんだから!」
「静雄に殴られる方がいいのか?」
「「ごめんなさい」」
コメツキバッタのように頭を床に擦り付けつつ、狩沢はちゃっかり右手に携帯を握っていた。
珍しくも穏やかな雰囲気を纏う静雄と、その腕に抱っこされてすやすやと眠る帝人。これは美味しい。いろんな意味で超美味しい。
腐女子でなくとも写メっておきたい光景なのに、静雄の野生の勘の前に、残念ながらその隙が見つからない。
「にしても、ホントよく眠ってるっすね帝人くん」
「目が覚めたらどんな顔するんだろうなぁ。あー見たい!」
遊馬崎が、ふに、と帝人の頬をつつく。それでも目を覚まさない帝人の咽喉を、狩沢がくすぐるように撫でた。猫をあやすような手つきだが、くすぐったかったのか、ん、と帝人が首を振る。
「…うるさいってば、正臣…」
「この状況で正帝フラグ!? つーか、マジ怖いからそれ止めて帝人…!」
正臣の名を呼びつつ静雄の首筋に顔を埋め―――ちょうど口元が静雄の鎖骨に宛てられて、狩沢が声にならない歓声を上げる。
「静帝シズミカ正帝! 金髪サンド、ありよ、あり!!」
「うわ待て狩沢! 携帯構えんな!」
「静帝正で右矢印もありよね。トライアングル、オッケーよ! ふふ、腐腐腐…」
「……? さっぱりわからねぇ」
「つーか、俺を巻き込むの止めてください狩沢さん」
「あー…こうなったらもう無理っすよ。冬にうすーい本になってんじゃないっすかね、ご愁傷さま」
「いや、ちょ、マジ勘弁してください」
「お前ら、そういうきわどい話をこいつの前ですんな」
「……? だから、何の話をしてんだよ?」
帝人を抱えている間は、少なくとも静雄は暴れだしたりはしない。それに気付いた遊馬崎と狩沢がいつものトークを展開する中、渦中にありながら蚊帳の外にいる帝人は1人、幸せに眠り続けていた。