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中野コブクロ
中野コブクロ
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11/28新刊?サンプル

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「良く頑張ったな」
 国語担当の老教師が、小さな声でそう言った。差し出された答案用紙に目を見開く。
 赤い丸がたくさん付けられている。思わず笑ってしまいそうになる口元をむずむずさせながら、静雄はぺこりと頭を下げてそれを受け取った。
 九十二点。
 嬉しさと安堵から、ほっと小さく息を吐いた。
 一学期末のテスト返却はこれで全てだった。生徒手帳のメモ欄に書き記していた他の教科の点数の下に、国語の点数を丁寧に書き加える。
 平均八十二点。こんなに良い点数を取ったのは、中学に上がって以来初めての事だった。
 中間テストは平均七十四点で、あの時も静雄なりに頑張ったつもりだったのだけれど、今回はそれより更に点が伸びた事になる。一年の時は補習を食らわないギリギリの点ばかりを取っていた静雄にとって、この平均点は驚異的なものだった。
 中学二年に上がって、静雄は初めて勉強というものに真面目に取り組むようになった。
 授業で学んだ事の予習や復習もきちんと自宅でするようになったし、試験前の一週間などは夜遅くまで机に向き合っているようになった。静雄のその姿に家族全員が驚いていたけれど、良い事だと皆あたたかく見守ってくれている。
 本当は塾にも通いたかったのだけれど、他校の生徒達もたくさん集まるような場所で人付き合いの苦手な自分が問題を起こさずにいられる自信がなかった。学校でも相変わらず遠巻きにされている状態なのだ。見知らぬ人間の中で緊張しながら勉強するよりは、四苦八苦しつつも自宅で参考書に向かい合っている方がましだった。
 この点数を見たら、あの人はなんて言ってくれるだろう。
 そう考えると緩んでいた頬が更に緩んでしまいそうで、静雄は慌ててぐっと口元を引き締めた。
 生徒手帳をぱらぱらと捲り、メモ欄の一番最初のページを開く。そこには、静雄の筆跡ではない文字が並んでいた。
 少し乱雑な、力強い筆跡で『田中トム』と大きく書かれている。今年の春、来神中学を卒業していった先輩が書いてくれたものだった。
 田中トムという名の彼は、中学に上がってから唯一静雄と積極的に接しようとしてくれた人だった。
 あまり良い思い出とは言えないような切欠で知り合った彼は、何故だか事あるごとに静雄を構おうとしてくれた。理解しがたいトムの行動に、何か裏があるのではないかと静雄は当初なかなか警戒心を解こうとしなかったのだけれど、トムは苦笑を浮かべながらも根気強く手を差し伸べ続けてくれたのだ。
 なんかほっとけなかったんだよなあ。
 少し照れ臭そうな声でそう言ってくれたのは、知り合って随分経ってからの事だった。
「すげー強ェのにしんどそうで、可哀想だなと思ってよ。こんなちっちぇえのに、色々苦労して来てんだろうなってさ」
 言いながら、トムはくしゃくしゃと静雄の頭を撫でてくれた。
 静雄にそんなふうに接してくれるのは彼だけで、それが少しも嫌ではない事がまた自分でも不思議だった。
 トムの雰囲気がそうさせたのかもしれない。いつも温厚そうな笑顔を浮かべていた彼は、静雄の知るどんな人間とも違った。家族達とは勿論、静雄の特異体質に興味を抱いて寄って来た新羅とも、敬遠するように遠巻きから見ているだけのクラスメイト達とも違った。
 トムは恐らく、本当に「良い人」なのだ。
 正しく、まっすぐで、曲がった所のない人。それでいてガチガチにお堅いかといえばそんなこともなく、どことなく飄々としていて柔軟な人でもあった。
 静雄に喧嘩を吹っ掛け返り討ちにあった連中が、静雄の唯一の弱点としてトムに目を付けた事もあった。
 静雄を呼び出すだけで見逃してやると言われた彼は、だがその言葉を一蹴してのけた。結果として大怪我を負わされる事となったトムは、だが駆けつけた静雄に恨み言の一つも言おうとはしなかった。それどころか、腫れ上がった顔で笑いながらこう言ってくれたのだ。

 お前は、暴力が苦手なんじゃなくて嫌いなんだろ? だったら、やらねえ方がいい。

 そう言って笑った彼を、強い人だと思った。
 いつか自分もこんなふうに強くなれたらと、心からそう思った。
 すぐに火が着き、一度キレれば感情のままに暴れずにはいられない自分が、静雄はずっと嫌でたまらなかったのだ。それを苦もなくやってのけてしまえる彼は、その時からずっと静雄の目標であり、憧れの人であり続けている。
 その彼が書いてくれた文字を見つめ、静雄は僅かに目を細めた。大きく書かれた『田中トム』という名前と電話番号。卒業式を間近に控えた冬の寒い日に、いつでも連絡くれよと笑いながら書いてくれたものだ。
「なんかあったらすぐ連絡しろよ、何でも聞いてやっから。勉強とかも、俺にわかる範囲でなら教えてやれるしな」
 トムが卒業してしまう事に寂しさを滲ませた静雄に、彼は笑いながらそう言ってくれた。くしゃくしゃと静雄の頭を撫でながら、いつものあの裏表のない笑顔で。
 今までのように毎日会う事は出来なくなるのだと思うと、心細さと寂しさに心臓がきゅっと締め付けられるような感じがした。友人のいない静雄にとって、トムは校内で心を開いて話す事の出来るただ一人の相手だったのだ。その唯一存在を失ってしまうのだと思えば、寂しく思わないはずもない。
 けれど、生徒手帳のこの文字があるから、大丈夫だった。
 トムは静雄に待ってるぞと言ってくれたのだ。
 待ってるから、うちの高校に来いよ。
 そう言ってくれた。厄介な後輩であるはずの静雄を、高校に上がってからも構ってやりたいと、そう言ってくれたのだ。
 静雄が真面目に勉強をするようになったのは、その言葉に報いるためだった。
 トムが進学した先の高校は、静雄の一年時の成績では無理なランクの進学校だった。今から猛勉強したって間に合わないかもしれない。当初は静雄も確かにそう思った。
 それでも、待っていてくれると言ったトムの言葉に報いるためにも、頑張りたい。その気持ちが、今のこの結果に繋がっていた。彼が静雄を待ってくれているように、静雄も再び彼の後輩として同じ学校へ通う事を願っていたのだ。
 田中先輩。俺、頑張ったんすよ。
 そう言って、このテスト結果を彼に見せてみたかった。きっとあの笑顔を浮かべて褒めてくれるだろう。すげぇじゃんと笑いながら、再び『待ってる』と言ってくれるはずだ。
 今晩、電話してみようかな。
 生徒手帳に書かれた電話番号をそっと親指で撫でながら、そう考えた。これを書いてもらってから半年程経つけれど、まだ一度も掛けてみた事はなかった。誰かに電話を掛けるという行為自体、静雄にはあまり経験のない事だったのだ。
 緊張してうまく喋れないかもしれないし、それ以前に家族の人が出たら何て言えば良いんだろう。
 そんな事をぐるぐると考えてしまって、彼の声が聞きたいと思ってはいてもなかなか実行に移す事が出来なかった。
 でも、今日は。
 彼の言葉を胸に、頑張っている事を伝えたかった。以前とは比べものにならないくらい成績は上がったし、今の成績をずっとキープ出来るならトムの進学先の高校も十分に狙えるだろうと担任からのお墨付きも貰えたのだ。それを知れば、きっと彼は喜んでくれるだろう。その声を聞きたかった。