発見、歩み寄り
「えー……実は昨日、伝達ミスしました。本日の二限目は、国語じゃなくて英語です!みんな、スマン☆」
現在、朝のホームルーム五分前。
連絡係の突然の報告に、一瞬教室が静まり返る。
「って……何が『スマン☆』だこのぼけぇぇぇぇぇ!」
「ひっこめぇぇぇぇ!」
「スマンで済むなら警察はいらねぇんだよぉぉぉぉぉ!」
――――と、まあ。
何とも先行き不安な一日の始まりとなったわけだ。
しかし、文句ばかり言っていても始まらない。
今日英語があるのはどのクラスだったかと話す、クラスメートの会話に聞き耳を立てる。
そして、ちょっと困ったことになった。
(……ちょっとまずいな)
頼りにしていた部活仲間たちのクラスは、ちょうど英語が無いらしい。
一クラスだけ英語があるクラスがあったけれど、そこは丁度自分たちと同じ二限目が英語だと言う。
――さて、どうしようか。
そこでふと、そういえば円堂はいつも教科書を全部置きっぱなしにしていたな、ということを思い出す。
それは間違っても褒められることじゃないが、今回ばかりは有難かった。
ホームルームが終わってから一限目が始まるまで、少し時間がある。
(その間に行って来るか)
借りるアテが見つかったと、自分はそこで安心した訳だ。
――が。
「え、英語の教科書?」
「ああ、悪いけど借りていいか?」
「あー……」
「?」
「……実は、ついさっき染岡に貸しちゃったんだ」
「え、」
何と、タッチ差で目的のものは貸し出されてしまったらしい。
しかも染岡は、自分たちと同じく二限目に英語の授業がある例のクラスだ。
(……これは、何か?俺たちに対する嫌がらせか何かか?)
思わずそんなことを考えてしまうくらいには、ショックだった。
勝手な話だが、確実に円堂の教科書を借りることができると思っていたのである。何というか、期待していた分だけショックも大きい。
「ん〜……あ!」
「?」
「そういや、鬼道のクラス、今日英語あるっていってたぜ?」
「え……」
――ああ、そう言えば。
(鬼道は、他にサッカー部員がいないクラスに転入したんだったな……)
だから、すぐに思い浮かばなかったのか。
それとも――――……。
「……」
「……風丸?」
「……いや、悪かったな」
「へ?」
「こっちの話だ」
また部活で――と。そこで話を切り上げる。
教室を出る時、円堂が「鬼道のクラス、離れてるからな!早めに行けよ!」と叫んだのに対して、取り敢えず「分かった」と答えておく。
結局そのまま、一旦自分の教室に戻った。
一限目の開始時刻が迫っていたからだ。
あくまで、それが理由。
だが、どうにももっともらしい言い訳めいている気がしてしまう。
鬼道が雷門中学に転校して来て、何度も放課後に練習しているというのに――やっぱり、色々複雑なものが残っているのだ。色々と。
(……けどなぁ……)
一限目は数学。
一応板書はしつつ、頭の中では次の授業のことを考えている。
正しくは、鬼道の所に教科書を借りに行くか――――ということ。
部誌の当番で一緒になってからしばらく。
やはりというか、未だに鬼道との『距離』がつかめていない。
何と言うか向こうも、部活では必要なことを話すけど、それ以外についてはしっかりとした『距離』をとっているように思う。
距離をとること自体は、悪いことではない。
ただ、それが大きすぎることが問題なのだ。
――遠すぎる立ち位置。
これからフットボール・フロンティアで共に戦っていくというのに、いつまでもこの状態が続くのは、辛い。
――むしろ、寂しいといった方が正確だろうか。
(……待ちぼうけじゃ、多分無理なんだろうな)
何となく、距離は上手くはかれていないなりに分かってきたこともある。
向こうが近付いてくるのを待っていてはいけないということ。
近付きたければ、自分から動くしかない。
(そんなご大層なことじゃないにしても……丁度いいキッカケには、なるかもしれないしな)
クルリ、とシャーペンシルを回して。
チャイムが鳴った。
鬼道のクラスは普段余り行くことがないからか、やっぱり緊張した。
名前も知らない同級生たちがザワザワと囁きあう空間。
そんな中、窓際の席に座って本を広げているお目当ての人物はすぐに見つかった。
すると、向こうもこっちに気付いたみたいで、一度ぐるりと教室の中を見回してからこっちが近付くよりも先に席を立つ。
そのまま入り口まで歩いてきて、単刀直入に用件を尋ねてきた。
「どうした?」
「あ、いや……」
「?」
「……英語の教科書、貸してくれないか……?」
「英語か、分かった」
少し待ってろ、と言われて、思わず戸口に突っ立ったまま、机に戻る鬼道を見送ってしまう。そして、すぐに戻って来た相手から、真新しい教科書を受け取った。
「……」
「――どうした?」
「あ、その……何でもない……」
「そうか――」
「あ、」
「?」
「――ありがとな、これ。次の休み時間に返しに来る」
「ああ」
(……何と言うか、アッサリしすぎてないか……?)
教室に戻ってから、ついさっきのやり取りを思い返してみての感想。
何と言うか、ほとんど無駄が無い。主に鬼道の言葉に。
自分が教室に入ることなくサッサと用事が終わってしまったことに、少なからずショックを受けた。
(――――何だかなぁ……)
――あの緊張は、一体何だったんだろう?
妙な虚しさが気になって、折角借りてきた教科書をほとんど活用することなく授業は終わってしまった。
教科書を返しに行った時も、結局似たようなやり取りしかしなかった。
「ありがとうな」とは言えたけど、ただそれだけ。鬼道も「ああ」と応じてはくれたものの本当にそれだけで、全くこれっぽっちも距離が縮まった気がまるでしない。
(……まあ、急には無理だろ。うん)
そう自分を納得させて、同じクラスのやつらと弁当を食べて、授業を受けて――。
放課後。
部活動の時間になった。
「少林寺」
「っは、はい!」
「今のパスはよかったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
今の感覚を忘れるな、と。
そう言われて、少林は嬉しそうに何度も頷いている。
(一年は何ていうか……早かったよな)
かつて敵だった鬼道に対して信頼を寄せているだけじゃなくて――何と言うか、『懐いている』気がする。
無邪気と言うか、純粋と言うか……。
どちらにせよ、自分はそんな後輩たちが少し羨ましかった。
過去ばかりに拘らないで、しっかりと今を見ているというその生き方が羨ましい。
それはとても、こう、『綺麗』なもののように思うから。
「風丸せんぱーい、どうしたんスか〜?」
「――ん、ああ……悪い悪い」
「?」
「何でもない」
「んじゃ、こっちも練習しようぜ!」
パン、と。相変わらず小気味良い音を聞かせてくれる。
DFとGKの連携は、ほぼ毎日繰り返す練習の定番だ。
「豪炎寺ー!染岡ー!ドラゴントルネード打ってくれよー!」
「……って、そればっかりじゃ練習にならないだろ……」
「そんなことねぇって!なー、二人共早くー!」
現在、朝のホームルーム五分前。
連絡係の突然の報告に、一瞬教室が静まり返る。
「って……何が『スマン☆』だこのぼけぇぇぇぇぇ!」
「ひっこめぇぇぇぇ!」
「スマンで済むなら警察はいらねぇんだよぉぉぉぉぉ!」
――――と、まあ。
何とも先行き不安な一日の始まりとなったわけだ。
しかし、文句ばかり言っていても始まらない。
今日英語があるのはどのクラスだったかと話す、クラスメートの会話に聞き耳を立てる。
そして、ちょっと困ったことになった。
(……ちょっとまずいな)
頼りにしていた部活仲間たちのクラスは、ちょうど英語が無いらしい。
一クラスだけ英語があるクラスがあったけれど、そこは丁度自分たちと同じ二限目が英語だと言う。
――さて、どうしようか。
そこでふと、そういえば円堂はいつも教科書を全部置きっぱなしにしていたな、ということを思い出す。
それは間違っても褒められることじゃないが、今回ばかりは有難かった。
ホームルームが終わってから一限目が始まるまで、少し時間がある。
(その間に行って来るか)
借りるアテが見つかったと、自分はそこで安心した訳だ。
――が。
「え、英語の教科書?」
「ああ、悪いけど借りていいか?」
「あー……」
「?」
「……実は、ついさっき染岡に貸しちゃったんだ」
「え、」
何と、タッチ差で目的のものは貸し出されてしまったらしい。
しかも染岡は、自分たちと同じく二限目に英語の授業がある例のクラスだ。
(……これは、何か?俺たちに対する嫌がらせか何かか?)
思わずそんなことを考えてしまうくらいには、ショックだった。
勝手な話だが、確実に円堂の教科書を借りることができると思っていたのである。何というか、期待していた分だけショックも大きい。
「ん〜……あ!」
「?」
「そういや、鬼道のクラス、今日英語あるっていってたぜ?」
「え……」
――ああ、そう言えば。
(鬼道は、他にサッカー部員がいないクラスに転入したんだったな……)
だから、すぐに思い浮かばなかったのか。
それとも――――……。
「……」
「……風丸?」
「……いや、悪かったな」
「へ?」
「こっちの話だ」
また部活で――と。そこで話を切り上げる。
教室を出る時、円堂が「鬼道のクラス、離れてるからな!早めに行けよ!」と叫んだのに対して、取り敢えず「分かった」と答えておく。
結局そのまま、一旦自分の教室に戻った。
一限目の開始時刻が迫っていたからだ。
あくまで、それが理由。
だが、どうにももっともらしい言い訳めいている気がしてしまう。
鬼道が雷門中学に転校して来て、何度も放課後に練習しているというのに――やっぱり、色々複雑なものが残っているのだ。色々と。
(……けどなぁ……)
一限目は数学。
一応板書はしつつ、頭の中では次の授業のことを考えている。
正しくは、鬼道の所に教科書を借りに行くか――――ということ。
部誌の当番で一緒になってからしばらく。
やはりというか、未だに鬼道との『距離』がつかめていない。
何と言うか向こうも、部活では必要なことを話すけど、それ以外についてはしっかりとした『距離』をとっているように思う。
距離をとること自体は、悪いことではない。
ただ、それが大きすぎることが問題なのだ。
――遠すぎる立ち位置。
これからフットボール・フロンティアで共に戦っていくというのに、いつまでもこの状態が続くのは、辛い。
――むしろ、寂しいといった方が正確だろうか。
(……待ちぼうけじゃ、多分無理なんだろうな)
何となく、距離は上手くはかれていないなりに分かってきたこともある。
向こうが近付いてくるのを待っていてはいけないということ。
近付きたければ、自分から動くしかない。
(そんなご大層なことじゃないにしても……丁度いいキッカケには、なるかもしれないしな)
クルリ、とシャーペンシルを回して。
チャイムが鳴った。
鬼道のクラスは普段余り行くことがないからか、やっぱり緊張した。
名前も知らない同級生たちがザワザワと囁きあう空間。
そんな中、窓際の席に座って本を広げているお目当ての人物はすぐに見つかった。
すると、向こうもこっちに気付いたみたいで、一度ぐるりと教室の中を見回してからこっちが近付くよりも先に席を立つ。
そのまま入り口まで歩いてきて、単刀直入に用件を尋ねてきた。
「どうした?」
「あ、いや……」
「?」
「……英語の教科書、貸してくれないか……?」
「英語か、分かった」
少し待ってろ、と言われて、思わず戸口に突っ立ったまま、机に戻る鬼道を見送ってしまう。そして、すぐに戻って来た相手から、真新しい教科書を受け取った。
「……」
「――どうした?」
「あ、その……何でもない……」
「そうか――」
「あ、」
「?」
「――ありがとな、これ。次の休み時間に返しに来る」
「ああ」
(……何と言うか、アッサリしすぎてないか……?)
教室に戻ってから、ついさっきのやり取りを思い返してみての感想。
何と言うか、ほとんど無駄が無い。主に鬼道の言葉に。
自分が教室に入ることなくサッサと用事が終わってしまったことに、少なからずショックを受けた。
(――――何だかなぁ……)
――あの緊張は、一体何だったんだろう?
妙な虚しさが気になって、折角借りてきた教科書をほとんど活用することなく授業は終わってしまった。
教科書を返しに行った時も、結局似たようなやり取りしかしなかった。
「ありがとうな」とは言えたけど、ただそれだけ。鬼道も「ああ」と応じてはくれたものの本当にそれだけで、全くこれっぽっちも距離が縮まった気がまるでしない。
(……まあ、急には無理だろ。うん)
そう自分を納得させて、同じクラスのやつらと弁当を食べて、授業を受けて――。
放課後。
部活動の時間になった。
「少林寺」
「っは、はい!」
「今のパスはよかったぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
今の感覚を忘れるな、と。
そう言われて、少林は嬉しそうに何度も頷いている。
(一年は何ていうか……早かったよな)
かつて敵だった鬼道に対して信頼を寄せているだけじゃなくて――何と言うか、『懐いている』気がする。
無邪気と言うか、純粋と言うか……。
どちらにせよ、自分はそんな後輩たちが少し羨ましかった。
過去ばかりに拘らないで、しっかりと今を見ているというその生き方が羨ましい。
それはとても、こう、『綺麗』なもののように思うから。
「風丸せんぱーい、どうしたんスか〜?」
「――ん、ああ……悪い悪い」
「?」
「何でもない」
「んじゃ、こっちも練習しようぜ!」
パン、と。相変わらず小気味良い音を聞かせてくれる。
DFとGKの連携は、ほぼ毎日繰り返す練習の定番だ。
「豪炎寺ー!染岡ー!ドラゴントルネード打ってくれよー!」
「……って、そればっかりじゃ練習にならないだろ……」
「そんなことねぇって!なー、二人共早くー!」