食卓の幽霊たち
俺はあんまりこいつのことが好きだった。かわいそうなぐらいだった。でも、こいつはもっとかわいそう。そういうささやかな優越感は自分を強くする。いつかこいつの前に、俺よりこいつを必要な奴が現われたら、と想像すると死ぬほどつらかったが、そのつらいことも使命みたく思えてくる。
「お前が誰に捨てられても、一生みはなさないでやるよ」
サラダの大根にもみのりをかけている月森にそう言うと、一瞬きょとんとされたあと親しみをこめて返された。
「なんだよ急に。変な奴だなぁ。でも、ありがとう」
窓の外からは雨の降りだす音が聞こえてきた。今夜半から明日朝にかけての降水確率は五十%。山岳部ではところにより雷を伴う激しい雨。予報のアナウンスをおぼろげに思い出しながら、半分欠けたやわらかい豆腐をすくって口に含む。つめたい塊がつるりと喉をすべりおち、腕の裏にとりはだがたつ。
「好き嫌いが減ると、世界が少し広がるよ」
と、こいつは言う。リーダーっぽい説得力のある声で。それは確かにそうかもと思うから、俺は素直にうんとうなずく。
それから、この部屋を広がった世界から切り離す方法を考える。さしあたり必要なのは、台所にある、ねぎがとてもよく切れる包丁なんじゃないかと思うのだ。