七・六五ミリ口径
コンコンッ
文次郎は先ほどまで自分がいたオフィスの戸を叩くと、返事も聞かず扉を開いた。長次はちょうど仙蔵から返ってきた本を仕舞おうとしているところだった。
「長次悪い、その本ちょっと貸してくれ」
長次は無言で手にしていた本を手渡した。
「明日返す」
そう言って早々と部屋を出ようとする文次郎の腕を掴み、長次は一言ボソリと呟いた。先ほど何か言いたげにしていた表情は、この言葉を伝えたかったのだろうか。よく意味のわからない文次郎は、とりあえず「ああ」とだけ返事をして部屋を出た。
結局やるはずだった掃除は進むことなく、足もとに掃除機を転がしたまま、脱ぎすてられたジャージとポロシャツと共に文次郎はベッドに腰掛けていた。金色の腕時計の隣に読み終えた本を静かに置いた。
本の内容は、仙蔵が言うとおり難解なものでちっとも面白さは感じられなかった。シーモア・グラースというグラース家の長男が、浜辺で少女と会話を楽しんだ後に妻と思われる女性が眠るベッドの側で右のこめかみを撃ち抜く、ただそれだけの話。作家はユダヤ人で何かの戦争に行ったことがあるらしいが、そのような予備知識があったとしてもこの話の趣旨を掴むことは難しい。
文次郎はそのままベッドに倒れこみ、天井を見上げながら先ほどの仙蔵の行動を思い出す。
あいつは死に場所を決めたと言って、右のこめかみに銃口を当てた。彼はシーモアのように自分を愛する人間の側で死にたいと願うのだろうか。このような仕事をしておきながら愛する人の側で死にたいだなんて、なんて人間らしいことを考えるのか。
「残された身にもなれってんだ、バカタレ」
ふと、先ほど長次に呟かれた言葉を思い出した。いつも自由にやらせてくれる長次が珍しく強い意思を目に表し、諌めるように口に出したあの言葉。
『あまり依存するな』
文次郎は、はぁーと長い息を吐き出すと、ははっ、とから笑いに近い声で笑った。
「手遅れだ、長次」
自分も仙蔵と同じ拳銃を用意してもらおうかと、そんなことを考えた。