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年に一度の願い事

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カアカアとカラスの鳴く声が聞こえ、あんなにぎらぎらしていた太陽はいつの間にか夕日の橙色に変わる。夕日に照らされた竹は心なしか昼間よりもきれいに見える。

「なぁ雷蔵、まだ願い事決まんねぇの?」

「え、うん、あと少し」

「らーいーぞー」

困ったことに願い事が決まらない。就職できますように?は来年でもいいし。迷い癖が治りますように?は願い事でどうこうできるものじゃない気がするし。試験でいい点が取れますように?はちょっとつまらない。

「ねぇ、みんなは何を書いたの?」

あまりに決まらないので他の3人の願い事を尋ねると、三郎は頭を掻きながら、兵助は穏やかな笑みを浮かべながら、竹谷は困ったように笑いながら口を揃えた。

「「「秘密」」」

「えぇー」

「ほら雷蔵、早くしないと織り姫と彦星の逢い引きが始まるぞ」

「三郎、逢い引きって」

うーん。うーん。どうしようか。ちらりと再び3人の表情を伺うと、相当な時間待たせているのに3人とものんびりと葉竹を見ていた。

「それにしても伊賀崎がつくったやつ何なんだろうな」

「でもかわいいよなあれ。俺欲しい」

「兵助、本気か」

「じゃぁ俺から孫兵に、七夕終わったら兵助にあげてもいいか頼んどいてやるよ!」

「え」

「やめとけ竹谷。そして喜ぶな兵助」

そんな3人のやりとりを見ていて、笑いをこらえることが出来なかった。ふふ、と声が出てしまった僕に気づいた竹谷と兵助、三郎が一斉にこっちを見る。

「なんだよ雷蔵」

「ううん、いや、ちょっとね。今願い事決まったから、待ってて」

筆を持ちさらさらと筆を動かすと、3人とも何にしたのと僕の周りに集まって中をのぞき込もうとする。さっきはみんな教えてくれなかったくせに。しっしとひとり残らず追い払うと、けちー!と言われた。けちで結構。

僕が筆を置くと、わくわくした様子の竹谷が僕らの肩に腕を回し、ぐいぐいと押した。

「そんじゃ飾ろうぜ!」

葉竹の前まで来ると、竹谷は髪をまとめていた結い紐を解き、短冊にあらかじめ乱雑に空けられていた穴に通した。僕たちもまねをして、それぞれがそれぞれの結い紐を自分の短冊の穴に通す。

「あー兵助!そこ俺が飾ろうとしてたのに!」

「早いもの勝ちだろ。はちがもたもたしてるのが悪いんだよ」

「くそー!雷蔵はどこに飾る?」

「僕はここかなぁ」

「三郎は?って、あれ?」

先ほどまで隣にいたはずの三郎は、いつの間にか僕たちから一歩離れたところで僕たちを見ていた。

「私は最後に飾るから」

「そんなこと言って、どうせ俺たちに願い事知られたくないんだろ」

「うるせ」

三郎が人一倍照れ屋なところはみんな知っているから、好きにさせてやろうとそれぞれの作業に戻る。葉に紐を縛り付け手を離すと、紐の重みでわずかに葉が下に下がり、揺れる。最後にもう一度それをひと撫でして、そっと手を離す。竹谷がぽつりと晴れてよかったな、と言った。誰も頷いたりしなかったけど、きっと心の中で同感だと思っているはずだ。竹谷は突然思いついたように振り返った。

「な、夜に天の川見ようぜ。風呂あがったら屋根の上登ってさ」

今度はみんな声に出して賛成の意を伝えた。風が吹いて、竹谷の後ろにあった笹がさわさわと音を立てて、それがとても美しい音色に聞こえた。



夜、葉竹の前を通ると短冊が3倍にも5倍にも増えていた。生物委員の後輩たちの友達だとか、ふと通りかかった人々がきっとそれぞれの願い事を託して行ったのだろう。こんなたくさんの短冊から竹谷と兵助と三郎の短冊を探し出すのは骨が折れる作業であったし、やってはいけないことのような気がしたので、好奇心を押さえてそのようなことをするのは止めておいた。

これから屋根の上で待ち合わせをしている3人の顔を思い浮かべて、なんとなく、みんな同じことを書いたんじゃないかなと思えてくる。そんなばかなと思うかもしれないが、僕には十分あり得ることだと思えてならなかった。



後日、葉竹を片づけた竹谷が食事中に「みんな同じこと書いててびっくりしたよ!」と言ったことで自分もみんなと同じことを書いたことがばれてしまった三郎は、しばらく4人で行動するのが恥ずかしかったみたいだった。でも素直にみんな一緒にいられることを喜ぶ僕たちを見て、どうでもよくなってしまったみたい。

「来年もまたやろうな」

何カ所も笹で切ったぼろぼろの指先で僕たちの頭をかき乱し、竹谷は楽しそうに笑った。たいていほったらかしにされているが所々手当されているその手を見て、来年は僕が笹を用意してあげよう、そう決意して顔を上げると、三郎と兵助と目が合った。考えてることはやっぱり同じなんだろうな。空を見上げて、来年も織り姫と彦星が会えますようにと祈った。
作品名:年に一度の願い事 作家名:ニック