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二人きりのファミリーカー

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初めて会ったとき、僕がいま身につけている制服と同じものを彼は着ていた。
私服だったとはいえ、決して発達のよくなかった(小柄と言える程でもなく、あくまで年相応であったが)僕を高校生だと思い込んでいた彼の都合のいい解釈には呆れたものだ。
いつの間にか僕は彼と会った時の彼と同じ年になって、彼は働き出した。
出会ったのは何年も前のことだ。

ふと横を見ると、彼はそわそわと時計を気にしていた。
僕もそのうちこの人みたいになるのだろうか。時間を気にして、スーツを着て、ネクタイを締めて。
僕もネクタイをしていたが、僕のネクタイと彼のネクタイでは何もかもが違う。
例えば、そう、同じ喪服でも、顔も知らぬ人の葬式で着る喪服と、近しい人の葬式で着る喪服では意味が違う。

ここで降りてやろうかと思った。
そうすれば僕は遅刻だけれど彼はぎりぎり間に合うだろう。
閻魔さんの職場は華やかなオフィス街とはかけ離れた、地元の半地下に事務所を構えた薄暗い場所にあった。
けれど僕は時間を気にする閻魔さんの姿を見なかったことにした。
まるで電車の優先席で、目の前に杖をついた老人がいるのに寝たふりをしたときの感覚に似ている。
感じるのは罪悪感だとかそういうことではなくて、世界が自分一人ならばいいのにという想像の世界で生きている感覚。

結局僕は正門まで送ってもらい、礼も言わずに車を降りた。


数日後、僕は彼に気付かなかった。
違ったからだ、何もかもが。

彼が乗るのは黄色い軽自動車ではなく、明らかに中古とわかる、デザインの古いスバル。
青い車体は夏に似合う色だった。
今アメリカでフォード車に乗ったら、これくらい浮くのだろうか。

「会いたかった」

窓ガラスから手を伸ばした彼はそう言った。
聞きなれた。聞きあきた。
どちらかといえば、曽良くんじゃん偶然だねと言われることの方が多いのに、そちらはいつも新鮮に聞こえた。

会いたかった、と。待ってた、と言われる度に、僕は優先席を思い出す。
世界に一人だったら楽なのに。
閻魔さんはいつもの派手なネクタイではなく、黒いシンプルなネクタイをしていた。

彼のスバルを見た瞬間、この車は彼の車ではないと思った。
僕の車だ、と。

「早く乗って曽良くん、早く乗って」

閻魔さんの部屋にも車にも女性の影はない。
僕しかいないのだと思う。けれどそれを嬉しいとは思えなかった。
彼に対する愛情はある。でなきゃ一緒にいたりはしないし、ましてや寝たりはしない。

「似合わない車ですね」

僕は素直な感想を述べて車に乗り込んだ。
掃除したての車臭さ。それが妙に鼻になじんだ。
彼はゆっくりアクセルを踏む。

「ねえ曽良くん、俺酒飲みたいんだけど。帰り運転してくれない?」

免許もない未成年になんて頼みごとをするんだ、と思った。
本当にこの人には呆れる。けれど、笑ってしまうのはどうしてだろう。

「…いいですよ」

彼はやったあ、と子どものように喜んだ。
お礼にお兄さんが奢ってあげよう、でもお酒は駄目ねと騒がしい独り言を呟きながら。

店を出たら、僕はこの車を運転する。
そのとききっと彼は助手席にも後部座席にもトランクにもいないだろう。

数か月くらいして戻ってきたら、彼は会いたかったと言うだろうか。或いは待ってた、と。
僕が聞きたいのはそっちじゃない。
僕は彼の言葉をいつも待っている。
偶然だね、という言葉を。