微妙な告白
アイデンティティー崩壊記念日
ケーキがあるんだけど一緒に食べない?なんて誘われたので臨也の部屋に行った。
そこで出迎えてくれたのは尋常でないほどに浮かれた様子の家主である。そのあまりにもハッピーな笑顔は(あれ、酔っぱらってるのかな?)と一瞬疑問を抱いてしまった程だ。しかし酒の香りもしなければ足取りがふらついているということもない。単にものすごく機嫌がよいのだろうと判断し、招かれるまま部屋にあがる。臨也にはわりといつも笑顔の印象があるが、どこか皮肉気だったり形だけの笑みであることも多い。こんなに裏のない感じで楽しそうなのは珍しいな、と思う。やたら機嫌がよいというのも逆に不穏な感じがしないではない相手なのだが。
帝人が呼ばれた理由のケーキはすでにテーブルの上に用意されていた。小さめサイズだがホールのチョコレートケーキ。ああこれは一人で食べきるのは無理だろうな、だからわざわざ呼ばれたのか、と思い至る。二人でも少しきついかもしれない。艶やかなコーティングの施されたケーキは美味しそうだが、帝人は特別甘いもの好きというわけではないし、臨也も人一倍甘党だとは聞いたことがない。そもそもそれなのに何故ホールケーキなのだろう。貰い物だろうか。取引先の人からお菓子を頂いて、などという和やかな光景がありそうな職業の人ではない。友人から貰ったというのもしっくりこない。まさかこの人の信者からのプレゼントとかじゃないだろうな、と穿った目で見てしまい、それを見透かしたように笑われる。これは俺が買ってきたんだよ、おかしなものは入ってないよ、などとさすがに疑っていないところまで説明されて多少気まずい。
「美味しいと思うよ。ショコラが得意で有名なパティシエの店ので、1日30ホール限定。最低でも1週間前から予約しないと買えないんだ」
でも予約制でむしろ今回は助かったな。俺も結論が変わらないって確信できるまでの時間が欲しかったからさ、などと言いながら、臨也は自分の飲み物にはワインを用意していた。あ、お酒飲むんだ?と帝人はちょっと驚いてそれを見た。臨也は成人しているのだし飲酒したところで問題はないが、帝人は彼が呑むところを見たことはなかった。視線に気づいた臨也がぱちんと大袈裟にウインクしてみせる。記念日だからさ、帝人くんも少し、ね、などと言われて思わず首を横に振る。てっきりワインを共にと勧められているのだと思ったのだが、しかし目の前に滑るように出されたのはコーヒーカップだった。ああ、コーヒーに少しアルコールを垂らすくらいなら、と安心する。ふと言われた言葉に疑問がわく。
「記念日って、何のですか?」
そもそもアニバーサリーを重要視するようなタイプには見えないのに、と帝人は不思議に思って聞いてみた。臨也さんがわざわざケーキとお酒でお祝いしたい記念ってなんだろう、しかも相伴に預かるのが僕一人って、と首をひねる。今日は一般的にはなんでもない日だし、もし情報屋開業何周年とかなら仕事仲間の波江との方が相応しいだろう。まさかまさか誕生日とか言い出さないよね?と思わず身構える。年上の成人男性から誕生日に呼ぶ友達が君しかいなかったなどと言われたりしたら、ちょっとどんな顔したらいいか分からない。
「ちょっとなんか失礼なこと考えてない?あのね、驚愕というか遺憾というか何とも言い難いけど、これは君にも実に関係が深いことなんだよ」
だから君を呼ばないわけにはいかなかった。流れるような手つきで帝人のコーヒーカップに角砂糖を落としながら臨也は言う。ケーキ食べるんなら砂糖は、と言いかけたが、そこにブランデーが注がれたのを見て口を閉じる。ちょっとブランデー多いんじゃないかな、と思っていると、さっと火がつけられた。ブランデーの染み込んだ角砂糖が鮮やかな青い炎をあげる。
「わあ、綺麗ですね」
「そう?お気に召したなら良かった」
単に火をつけたい気分だったんだけどね、と言うのでどこの放火犯ですかと返したら火葬だよ、とこともなげに言われる。いつの間にか部屋の証明が適度に落とされており、テーブルの上の青い炎が際立っていた。
「葬式、って言ったら違うかなー。でも似たようなものだと思うんだよねえ。もう元には戻らないだろうなって思うし、戻りようもないって言ったらそうなんだし、それなら一度は死んだようなものなんじゃないだろうかって」
葬式も兼ねてるからケーキもチョコレートなんだよ、ほら黒いでしょ?などと言う様子は実にあっけらかんとしているのだが、聞かされる側にとっては突然予想外のシリアスである。記念日?葬式?