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微妙な告白

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「え、記念日って、誰か臨也さんの知ってる人が亡くなったんですか?それをケーキ食べて祝おうってまさか」

 まさかまさかまさか。帝人の顔から血の気が引く。

「あ…あの人は絶対何があっても死なないと思ってたのに! なのに臨也さん…ッ、仲が悪いのはよく知ってましたけど、まさか本当に殺すまでするなんて最低だ!!」
「なんの話?君まさかこれがシズちゃんを殺した記念だと思ってるんじゃないだろうね。あいつは殺しても殺しても死なないし、よしんば本当に死んだとなれば俺はこんな程度の祝い方じゃすまさないよ」

 池袋中にシャンパンの雨を降らせることも厭わないね、と吐き捨てながら、そもそも君に関係があることだって言ったでしょ、君はシズちゃんとなんか深い関わりとかあるわけ?個人的に?と臨也は帝人を薄く睨む。一方帝人は睨まれたところでなんともない。帝人の好む非日常の具現のような存在、憧れの静雄さんが死んだかと思って随分肝が冷えたのだ。勘違いだと分かって本当に嬉しい。

「それは確かに静雄さんは僕の事名前もちゃんと覚えてないみたいでしたけど。僕は静雄さん好きですから、万が一にも死んだとか思ったら哀しいですよ」
「あっそう」
「あーでも本当によかったー、びっくりしましたよー」
「あっそう!」

 ねえもうシズちゃんの話はいいよね正直今この状況で他の人間の名前出されたくないんだけどーとごねだす大人に、じゃあ何の記念日というかお葬式というかなんですか、と尋ねる。だるそうな表情で俺、と返されたのに反応できずに戸惑った。

「俺が死んだんですー。シズちゃんじゃなくて悪かったね」
「え……臨也さん、今幽霊ってことですか?今まさに僕のシックスセンスが目覚めましたーみたいな?」
「そんなわけないじゃん」
「え……じゃあ」

 考えてハッとする。そうだ、臨也のような裏家業の人間にはわりとよく聞く話ではないか。主にフィクションでだが。

「臨也さん、仕事でなんか失敗しちゃったんですか?それでえーと、ヤバイ方面から狙われてて、それで追跡から逃れるために折原臨也は死んだってことにして、これからは別な戸籍の人間として生きていかなければならないという…」
「はい非日常的展開妄想はそこまでだよ!」

 突然瞳を輝かせだした帝人とは対照的に、臨也はテーブルにつっぷしてしまった。もうなんなの君……俺の一大決心がだいなし……等呟いている。そう言われても帝人としては訳が分からない。じゃあどういうことなんだあんたしっかり生きてるじゃないか、という気になるし、ずっと常温に出してると味が落ちるからそろそろケーキ食べませんか、と言いたい気分でもある。コーヒーカップの中の角砂糖もすっかり溶けて形をなくし、炎も低くなっている。
 
「臨也さんこれいつまで燃やして大丈夫なんですか?」
「俺としては君の心に火がつくまで燃やしたかった」
「意味がわかりません、砂糖完全に溶けちゃいましたけど」
「……………………ああもう頃合いかな、はいコーヒー」

 熱いコーヒーがブランデーの上に注がれて、芳醇な香りが立った。ケーキも半分に切られて差し出される。艶やかなコーティング、ふんわりしたスポンジ、中にはさまれたクリームと真っ赤なベリーのジャム。とても美味しそうだけれど、どう見てもやはり一人分には多い。ここで食べきれなかったら持ち帰りたいな、と考えつつ、帝人は手をあわせていただきますと挨拶する。どうぞ、と生返事をしながら臨也も自分のグラスを呷った。おそらく上等なワインなのだろうに、全く相応しくない呑まれ方である。

「なんていうか本当に予想外だよ、君は。ケーキ美味しい?そうよかったね」
「まだ返事してないじゃないですか、美味しいですけど…。もう、なんなんですか、急に不貞腐れないでくださいよ」
「腐りたくもなるよ俺は今日死んだ。一週間前にも死んだ。死に過ぎじゃないこれ」
「ああ、死んじゃったなら腐っちゃうのはしょうがないですよね。死体って長持ちしないですもんね」
「君は俺の精神的残機を減らすのが本当に上手だよね」
「で、一体なんの記念日でお葬式なんですか」
「言ったでしょ、俺が死んだんだって」

 正確に言えば一週間前までの俺がいなくなっちゃったんだよ、可哀想な俺。こんなにも前途多難な道だなんて思いもせずにうっかり転がり落ちてさあ、などと言いながらケーキをフォークでぐさぐさ刺している。食べ物いじめよくないですよ、と言いつつ帝人はコーヒーに手を伸ばした。

「あ、美味しい」
「そうでしょ、それ惚れ薬入りだから」
「……ケーキじゃなくてこっちに仕込んでありましたか……」
「そう、一度油断させておいての二段構え。ああ太郎さん大変! 俺の事好きになっちゃうね!」
「大変だなあ、僕。臨也さんみたいな人好きになっちゃうなんて」
「そうだろうね、大変だよ本当に予想外の相手に恋に落ちちゃうと。動悸に目眩に息切れ、頭の中その人のことでいっぱいになって仕事にも集中できなかったりしてさ。 “まさか俺あの子のこと本気で!? いやいやないない!だって俺は人間という種ラブなんだから、一人の人間に固執したりするわけないし! むしろ誰か一人を特別に愛しちゃうとかそんなことあったらそれはもう人ラブという俺のアイデンティティーとは異なる感情だし!” とかいろいろぐるぐる考えちゃうはめになるしね。それが一週間前の俺の話。とにかくじっとしてられなくて無意味にケーキなんか予約しちゃった。まあ本来めでたいと言えなくもないことだから、とりあえずケーキという選択は間違ってないかなって」
「…………」

 なんだこれ。帝人は急にケーキの味がわからなくなった。この人は何を言っているんだ?

「それで一週間考えたんだけどさ、やっぱりどうも俺は君の事が好きみたいなんだよね人ラブの範疇を超えた意味で。そう考えるとケーキの中でもチョコレートを選んだのはやっぱり正解だよ。だって誰か特定の人間に心奪われるとか、俺にしたらありえないし。アイデンティティーが崩壊したも同然じゃない。っていうことで、さようなら昔の万人を平等に愛する事の出来た俺!寂寥と共に永遠の別れを告げよう。今日はとてもいいお葬式でしたってね」

「君?」
 信じられない思いで帝人は呟く。
「今、君が好きだって言いました?」

 え、なにこれ、僕今告白されてんの? 臨也さんに? え?
 展開についていけない帝人を置き去りにして、臨也の一人語りは続く。

「そうとも俺は君を愛している。こんにちは人ラブ+帝人君ラブの新しい俺!ネットではネカマもやるし他人になりすましたりもするけれど、人生という名のゲームで新しいアカウントを取得することになるとは思わなかったよ」
「いやいやいや、人生にはアカウントとかないですから」
「だからこの記念すべき日を君と祝いたかったんだ」

 ケーキなんか混乱してて勢いで予約しちゃったやつだけど、ああこれは君を家に呼ぶ口実になるなって気づいたからちゃんと受け取りに行ったし、君を誘ったら来てくれるっていうから嬉しかったし、実際君に会ったらあーやっぱり好きだって思ったし、などとぽんぽん重ねられる臨也の言葉。ひとつひとつを咀嚼して飲み込む暇もない。

作品名:微妙な告白 作家名:蜜虫